2021/03/23

前途

 三月、暖かい。桜の開花予想、各地で観測史上最も早い記録が出ている。この冬、貼るカイロを三箱(一箱三十個入り)買ったが、このままいくと一箱分くらい余りそう。すこしずつ衣替え、薄手のシャツなどを洗濯する。

 土曜日、東中野に散歩。早稲田通りから小滝橋。小滝橋は上野公園や九段下方面のバスが走っている。地下鉄の東西線とルートは重なっているが、バスは車窓から景色を楽しめる。
 この日は神田上水公園の遊歩道を歩く。けっこう桜が咲いている。花見客がちらほらいる。
 東中野のライフで衣類と食材を買い、電車で高円寺に帰る。だいたい一万歩くらい。

 庄野潤三の『前途』(講談社、一九六八年)を再読する。学生時代に読んだときは「小高」が島尾敏雄(をモデルにした人物)と気づかなかった。島尾敏雄と庄野潤三は九州大学の東洋史科の先輩後輩の間柄だった。『大菩薩峠』、佐藤春夫、長崎高商といったキーワードでやっとわかった。そもそも「小高」という名前自体がヒントになっている。小高(現・福島県南相馬市小高区)は、島尾敏雄の両親の郷里である。
「木谷数馬」は詩人の林富士馬か。

 この作品は主人公の漆山正三が伊東静雄に文学を教わる場面が何度となく描かれている。

《文は人なりという風な文学が本当にいいのだと思います》

 これも伊東先生の言葉——。

『前途』は難しいことがさらっと書かれている小説なのだ。文学だけでなく、あらゆる表現に通底するような話がけっこう出てくる。

 伊東先生は、若き日の庄野潤三(がモデルの主人公)に「とにかく、あなたはずっと文学を続けて行きなさい」という。

《近くの野原で坐って、煙草を吸いながら話していたが、それから田辺へ行く。途中、お酒飲む金でどんどん旅しなさいと云われる。いまごろ、どこかの小さい町の宿にいたらいいだろう。身も心もなく、見知らぬ土地を歩いていたら——》

 酒飲む金でどこかに旅か。若いころにそうしていれば、今とは別の人生になっていたにちがいない。

 酒の席で失敗するたびにこの言葉を思い出す。