今日から富士正晴『新編 不参加ぐらし』(中公文庫)が書店に並ぶ。カバーイラストは楓真知子さん、カバーデザインは細野綾子さん。
中公文庫のアンソロジーとしては梅崎春生『怠惰の美徳』、尾崎一雄『新編 閑な老人』に続いて三冊目の編著である。
一年前に大阪の茨木市立中央図書館で富士正晴について講演をした。一時間半の予定が四十五分で終わってしまったのだが、このときのテーマも「不参加ぐらし」で今回の文庫で選んだ随筆を中心に喋った。
詩三篇、小説二篇、随筆四十篇。富士正晴の文章の中に溶け込んだ人生哲学の面白さをどうすれば形にできるだろうかと考えながら編集した。
小説を二篇に絞り込むさい、「誤流先生伝」は入れようと決めていた。収録した随筆の中に陶淵明の「五柳先生伝」の話も出てくる。
表題作「不参加ぐらし」に「発展もなく進歩もなく充実もなく」という一文があり、五十代のわたしもそういう気分なのだが、生きている以上は何らかの工夫は必要だともおもっている。
工夫の一つに「不参加」もある。スケジュールに余白を作る。余暇を多めにとる。
ここ数年、ガタのきた体のことを考え、充実より安穏を選びがちなのだが、それでいいのではないかとおもっている。「怠け者の記」「われ動かず」「何もせんぞ」「健康けっこう 長寿いや」といった随筆も年老いてからの目安、指針として参考になるのではないか。
所収作の中では「増点主義」もおすすめである。
人付き合いのコツは最初にあまり高い点をつけず、すこしずつ加点していく。
人間関係にかぎらず、本を読んだり映画を観たりするとき、最初に期待しすぎると、そこそこよい作品であっても残念な気持になることがある。スポーツの応援もそうかもしれない。
低い点からはじめて、こんないいところもあった——という増点主義のほうが楽しめるのではないか。この本もそういうふうに読んでくれたら嬉しい。