とくに予定はないが、原稿料の代わりにもらった一万円の図書カードがある。さらに資料の整理をしていたら、封筒にはいった一万円札が出てくる。
新宿に行くことにする。
紀伊國屋書店五階で大久保房男著『日本語への文士の心構え』(アートデイズ、二〇〇六年十月刊)を買う。
大久保氏は、吉行淳之介、安岡章太郎、遠藤周作といった第三の新人を育てた『群像』の元編集長である。
ちなみにわたしの母校の先輩でもある。三重県立津高校。大久保氏は、伊勢の津中学と略歴に記す。生まれは紀州の人。
二十代から三十代のはじめに『文士と文壇』(講談社、一九七〇年)や『文士とは』(紅書房、一九九九年)を読み、あまりにも古くさくて、激しくて、厳しい文学観にうろたえつつも魅了された。
《終戦後間もなくのころは、まだ文士は威張って貧乏していた。貧乏は美徳のようでさえあった。貧乏するのは原稿の注文がないということも原因するわけだが、注文しようにも妙な注文が出来ない、つまらんことを持って来させんぞ、というものが文士にあった。このおれがたとえ金をうんと積まれても、そんなつまらんこと出来るか、というものが文士にあった。文士は気むずかしくて扱いにくかったが、そこに文士の魅力があった》(文壇の戦後/『文士と文壇』)
大久保氏は「文壇には『主人持ち』という用語があった」という。
《主人持ちとは誰かに、あるいは何か従属している人のことだ。会社勤めをしているとか、師匠についているといった人たちのことだが、志賀直哉氏は左翼作家をも主人持ちと言った。党という主人に従わねばならず、自由が制限されているからだ。(中略)言いたいことを言い、したいことをする生活は誰しも望むところだが、現実の世の中では、そんな生活の出来るわけがない。しかし、出来る限りそれに近い生活をして、心にもないことは絶対に言わず、書きたいことを、書きたい時に、書こうとしたのが文士である》(主人持ちと一匹狼/『理想の文壇を』)
野垂れ死にしても、心にもないことは書かない。それが大久保さんの考える文士なのである。
《私小説には貧乏な生活が描かれていても、貧乏臭いところがない。それは、豊かな生活がしたくて齷齪したが、うまく行かなくて貧乏しているのではなく、初手から堂々と貧乏しているからだと思う。(中略)
昭和三十五年、健康を回復した尾崎一雄氏は、来年二百枚を越す小説を書く、と宣言した。翌年、約束の期限を随分過ぎてからやっと書き上げたのが『まぼろしの記』であった。私はその原稿を受け取った際に枚数を確かめたら、一三四枚しかなかった。思わず、二百枚以上と言っておられたのに、たったの一三四枚ですか、と言ってしまったら、二百枚が一三四枚なら目標の七割近くだ、半分以下になることがしょっちゅうのわたしとしては、七割の歩留りなら上々だ、と居直るような調子で尾崎氏は言った》(文士赤貧物語/『文士とは』)
《昔の文士には恐ろしかった俗物という評語が威力を失い、文壇用語としてのその言葉が文壇から消えてしまったのは、文学者がみな生活巧者になって、文壇が俗界と変わりなくなってしまったからではないか》(文士赤貧物語)
出た、俗物。大久保氏は、この言葉でもって作家を斬る、最後の編集者だろう。「小説とは血を流して書くもの」と言いきる編集者でもある。
処世は俗物のすること。文士は俗界に習俗に従ってはならない。
作品を褒めようが貶そうが作者には関係がないことだから、褒められたからといって礼状を出すのはおかしい。何かをしてもらうために一席もうけたりするのは俗物の処世である。
《一般社会では、文士らしい文士の行動は、大人気ないということになるのだ》(文士と普通の人のちがい/『理想の文壇を』)
大久保氏は、そんな大人気なさが文士の魅力だとおもっているようだ。
新刊の『日本語への文士の心構え』を読んでいたら、次のような一文があった。
《文壇には戒律というと大袈裟だが、文章を書く上で三つの戒律のようなものがあった。
一、常套句を使うな。
二、オノマトペを使うな。
三、記号を使うな》
この三つのうち、文壇では「常套句を使うな」がいちばんきびしい戒めだったという。
《美しい景色を常套句によって書くことは極めて簡単だが、その景色がどのように美しいかを読者に感じさせる文章を書くことは、なまやさしいことではない》(正しく、美しく、強い文章)
この本は、言葉や文章について助言を与えてくれるだけでなく、文士たちの残した言葉もいろいろ教えてくれる。
《尾崎一雄氏は、下向いて書くな、と言っていた。下向くとは、読者を自分よりも劣った者と見るということである。自分よりすぐれた人に、せいぜい自分と同格の人に向って、これが私の精一杯のものです、と差し出すのが文学であって、読者を自分より下に見て書いたものは通俗小説だ、と尾崎さんは言っていた》
今日十二月二十五日は尾崎一雄の誕生日。『まぼろしの記』を読み返してみたくなった。