2006/12/25

文士とは

 とくに予定はないが、原稿料の代わりにもらった一万円の図書カードがある。さらに資料の整理をしていたら、封筒にはいった一万円札が出てくる。
 新宿に行くことにする。
 紀伊國屋書店五階で大久保房男著『日本語への文士の心構え』(アートデイズ、二〇〇六年十月刊)を買う。

 大久保氏は、吉行淳之介、安岡章太郎、遠藤周作といった第三の新人を育てた『群像』の元編集長である。
 ちなみにわたしの母校の先輩でもある。三重県立津高校。大久保氏は、伊勢の津中学と略歴に記す。生まれは紀州の人。

 二十代から三十代のはじめに『文士と文壇』(講談社、一九七〇年)や『文士とは』(紅書房、一九九九年)を読み、あまりにも古くさくて、激しくて、厳しい文学観にうろたえつつも魅了された。

《終戦後間もなくのころは、まだ文士は威張って貧乏していた。貧乏は美徳のようでさえあった。貧乏するのは原稿の注文がないということも原因するわけだが、注文しようにも妙な注文が出来ない、つまらんことを持って来させんぞ、というものが文士にあった。このおれがたとえ金をうんと積まれても、そんなつまらんこと出来るか、というものが文士にあった。文士は気むずかしくて扱いにくかったが、そこに文士の魅力があった》(文壇の戦後/『文士と文壇』)

 大久保氏は「文壇には『主人持ち』という用語があった」という。

《主人持ちとは誰かに、あるいは何か従属している人のことだ。会社勤めをしているとか、師匠についているといった人たちのことだが、志賀直哉氏は左翼作家をも主人持ちと言った。党という主人に従わねばならず、自由が制限されているからだ。(中略)言いたいことを言い、したいことをする生活は誰しも望むところだが、現実の世の中では、そんな生活の出来るわけがない。しかし、出来る限りそれに近い生活をして、心にもないことは絶対に言わず、書きたいことを、書きたい時に、書こうとしたのが文士である》(主人持ちと一匹狼/『理想の文壇を』)

 野垂れ死にしても、心にもないことは書かない。それが大久保さんの考える文士なのである。

《私小説には貧乏な生活が描かれていても、貧乏臭いところがない。それは、豊かな生活がしたくて齷齪したが、うまく行かなくて貧乏しているのではなく、初手から堂々と貧乏しているからだと思う。(中略)
 昭和三十五年、健康を回復した尾崎一雄氏は、来年二百枚を越す小説を書く、と宣言した。翌年、約束の期限を随分過ぎてからやっと書き上げたのが『まぼろしの記』であった。私はその原稿を受け取った際に枚数を確かめたら、一三四枚しかなかった。思わず、二百枚以上と言っておられたのに、たったの一三四枚ですか、と言ってしまったら、二百枚が一三四枚なら目標の七割近くだ、半分以下になることがしょっちゅうのわたしとしては、七割の歩留りなら上々だ、と居直るような調子で尾崎氏は言った》(文士赤貧物語/『文士とは』)

《昔の文士には恐ろしかった俗物という評語が威力を失い、文壇用語としてのその言葉が文壇から消えてしまったのは、文学者がみな生活巧者になって、文壇が俗界と変わりなくなってしまったからではないか》(文士赤貧物語)

 出た、俗物。大久保氏は、この言葉でもって作家を斬る、最後の編集者だろう。「小説とは血を流して書くもの」と言いきる編集者でもある。
 処世は俗物のすること。文士は俗界に習俗に従ってはならない。
 作品を褒めようが貶そうが作者には関係がないことだから、褒められたからといって礼状を出すのはおかしい。何かをしてもらうために一席もうけたりするのは俗物の処世である。

《一般社会では、文士らしい文士の行動は、大人気ないということになるのだ》(文士と普通の人のちがい/『理想の文壇を』)

 大久保氏は、そんな大人気なさが文士の魅力だとおもっているようだ。

 新刊の『日本語への文士の心構え』を読んでいたら、次のような一文があった。

《文壇には戒律というと大袈裟だが、文章を書く上で三つの戒律のようなものがあった。
 一、常套句を使うな。
 二、オノマトペを使うな。
 三、記号を使うな》

 この三つのうち、文壇では「常套句を使うな」がいちばんきびしい戒めだったという。

《美しい景色を常套句によって書くことは極めて簡単だが、その景色がどのように美しいかを読者に感じさせる文章を書くことは、なまやさしいことではない》(正しく、美しく、強い文章)

 この本は、言葉や文章について助言を与えてくれるだけでなく、文士たちの残した言葉もいろいろ教えてくれる。

《尾崎一雄氏は、下向いて書くな、と言っていた。下向くとは、読者を自分よりも劣った者と見るということである。自分よりすぐれた人に、せいぜい自分と同格の人に向って、これが私の精一杯のものです、と差し出すのが文学であって、読者を自分より下に見て書いたものは通俗小説だ、と尾崎さんは言っていた》

 今日十二月二十五日は尾崎一雄の誕生日。『まぼろしの記』を読み返してみたくなった。 

2006/12/22

体力

 長年、体力は気力でおぎなえるのではないかとおもっていた。
 わたしは体力に自信がない。子どものころから年百日くらい風邪気味だった。そんなからだで生きてきたのだ。そのかわり気力は人並かそれ以上あると自負していた。気力にしても体力にしても回復させる方法は休むしかない。
 だから休んでばかりいる。休めば元にもどる。そうおもっていたのだが、このごろなかなか気力も体力も回復しないのである。
 昨日は充分休んだ。今日はやるぞとおもう。ところが、あんまりやる気がでない。最近そういうことが多い。

 なまけてばかりいるから、確実に体力が落ちている。あきらかに全身の筋力も衰えている。
 そのことは疑いようがない。
 体力が落ちるにともなって、気力も落ちるのかもしれない。気力でおぎなっているつもりだったのは、まだ若くて、体力があったから、そんな気になっていたにすぎない。そうにちがいない。

 話はかわるが、質と量の関係も似ているかもしれない。
 質より量、量より質。どちらがいいのかわからない。ただ量は質に転化することはあるが、質は量に転化しない。
 体力がないと、量を生みだせない。わたしの生活がなかなか向上しない理由はそこにある。仕事量が足りない分、質で勝負しようという気持はないでもないが、そう簡単に質は上がらない。あるていど量をこなさないと、質も上がらないのではないか。やっぱり場数がものをいうのではないか。

 体力あっての気力という発想に変えたほうがいいのかもしれない。といっても、体力は人並以下である。だからこれまではあんまり体力のことを考えないようにしてきたのである。でも体力がおとろえると、気力もおとろえることを痛感してしまった以上、なにか手を打たないとまずい。

 体力とはなにか。筋力と内蔵の丈夫さだとおもっている。
 わたしはあんまり食欲がない。ほぼ毎日、酒、タバコ、コーヒー漬けである。今のところその生活はあらためる気はない。不摂生をしながら、体力よりも気力で勝負というのは、虫のいい話である。
 すこしはからだを鍛えよう。食生活を見直そう。
 これからいろいろなことを改善していくつもりである。
              *
 先月、神保町の古書会館で「古本・夜の学校」というイベント(書肆アクセスの畠中さんと石田千さんとわたしのトークショー)があって、その中で今年の三冊を発表した。

 わたしはアンディ・ルーニーの『自己改善週間』(北澤和彦訳、晶文社)を三冊のうちの一冊にあげた。もちろん新刊ではない。
 今年(二〇〇六年)は、わたしにとって、アメリカのコラムニスト元年といってもいい年だったのである。
 この十年くらい、日本の私小説や身辺雑記をこよなく愛してきたのだが、せまいジャンルをひたすら読みつづけていると、行きづまってくる。
 なかなか尾崎一雄や古山高麗雄みたいに全作品を読みたくなるような作家もあらわれない。

 ところが、アメリカにも「人生派コラムニスト」と呼ばれる人たちがいて、その代表ともいえるマイク・ロイコとアンディ・ルーニーを読んだら、予想以上に好みの作品だったのだ。

 とくにアンディ・ルーニーはわたしの理想のコラムニストだった。
 ちましましていて、ちょっとだめなかんじがほんとうに素晴らしい。アメリカは、大雑把で大味な国という印象だったが、考えをあらためなければいけないとおもった。

 『自己改善週間』には、「またやってしまった——何もせず」というコラムがある。

《いまだに学習していないのはわかっている。というのも、今年もまたやってしまったのだ。休暇先に山のような書類仕事を持っていったのはいいが、ひとつも片づかなかった。去年も一昨年もおなじことをしたし、思い出すかぎり何年も繰り返している。返事を出す手紙、未払いの請求書、書きたいことに関するメモを持っていった。何もせず。(中略)
 何かをしないというのはよくわかる。しかし、絶対にやれるはずがないと経験でわかっているのに、どうしていつも何かをやろうと甘い考えを抱くのか。わたしはそのあたりがわかっていない》

 こういう文章、わたしはほんとうに好きだ。

 タイトルにもなっている「自己改善週間」という一文では、こう高らかに宣言する。

《ジョギングをし、グレープフルーツを食べ、運動をし、歯をみがき、新聞を読み、ズボンにアイロンをかけ、爪を切ったら、二、三分間力を抜いて黙想し、一日の計画を立てる。どこかで読んだが、みんな、朝まえもって一日の計画を立てるべきで、行き当たりばったりに始めてはいけないそうだ。わたしはそうする》

 体力は大切だ。体力はけっして気力ではおぎなえない。
 これまでの考えはまちがっていた。心をいれかえたい。
 いや、からだを変えたい。

2006/12/16

エンドレスブックストリート

 太田克彦の『エンドレスブックストリート』(総林社)という本を読んだ。そんなに分厚い本ではないけど、読むのに三日もかかった。かんがえることがいっぱいあって、途中で読みおわるのがもったいなくなったのだ。
 現実が停滞すると、読書も停滞する。ただ現実の停滞を読書によってすこしだけ動かすこともできる。
 そういう本が読みたい。そうおもっていたときに太田克彦の一連の作品に出くわしたのである。

《本にたいする価値観が、どこにあるのか自分でもよくわからない。たいていのものは値段が高いか安いか判断できるのだが、本に関してはどうもぼくだけの基準で考えているようだ。たった一行のために高い金を出すことも珍しくない》(“読者”といっても二つのタイプがある)

 行きづまった考えを、すこし先に進ませてくれるような、こんがらがった考えをほどいてくれるような、あるいは別の方向性に気づかせてくれるような一行を求めて、わたしも本を読むことがある。
 この本もそういう本だった。

 さらにこんなことも書かれていた。

《そのくせぼくは本が好きなのかと考えると、そうでもない。むしろ本なんて一冊もない生活だったら、サッパリするだろうと思っている。(中略)いまある本をすべて処分したら気分がいいだろうと思ういっぽう、周りに本がギッシリあるからなんとなく落ち着けるという実感とのあいだで、いつも心は揺れ動いている。事実、これまでに何度か手持ちの本を思いきって処分しているのだが、ものの一か月もたたないうちに後悔してしまう》

 まったく面識はないが、おもわず「先輩」と呼びたくなる。

 太田克彦は、読者の二つのタイプとして、ふだん本屋に立ち寄らない人と本屋にはいったらなかなか出てこない人にわかれ、「ベストセラーは日ごろ本を読まない層に支えられることが多い」という。だからマスコミの世界で働く本が好きな人は、作品を売るために「自分では身銭を切って買うことのないであろう」企画を立てることがよくある。

《どうも読者、読者と、幻の読者を気にしているのではないだろうか。いまの読者の傾向は、などと考える前に、自分の興味がこの時代の中でどこにあるかということを考えたほうが有効性を持つと思うのだ。自分の興味が発見できないと、たいてい幻の読者にすがろうとする。なんといっても説得すべき最大の読者は自分なのだ》

 自分の興味をひたすら追いかけて、追いかけているうちに迷いがしょうじる。これでいいのかとおもう。自己満足ではないのか。プロなら自分ではなく読者をよろこばせるようなものを書くべきではないのか。
 自分がおもしろいとおもうものは、自分以外にもおもしろいとおもう人がいる。

 この時代、一年、あるいは数ヶ月、いや、数日で情報は古くなる。そのテンポはますます早くなっている。この時代の中で古くならないものを見つけたい。わたしの古本屋、中古レコードへの興味のひとつはそこにある。
 文学についてもそうおもう。今の小説にしても、数年後、数十年後にちゃんと古書価のつくものはどのくらいあるのか。古書価はともかく、十年後、読者はいるのか。わたしはそういう目で新刊書を見てしまうことがある。

 一九八四年刊の『エンドレスブックストリート』は、一九七七年以降七年にわたる「時代」の本がたくさん紹介されている。
 浅田彰『構造の力』、中沢新一『チベットのモーツアルト』、『メイド・イン・USAカタログ』、ハルバースタム『ベスト&ブライテスト』、『ワッサーマンのアメリカ史』、落合信彦『アメリカが日本を捨てる日』、宮内勝典『グリニッジの光を離れて』、ライアル・ワトスン『生命潮流』、沢渡朔『少女アリス』、篠山紀信『カメラ小僧の世界旅行』、荒木経惟『男と女の間には写真機がある』、藤原新也『東京漂流』……。
 そんな「当時」の本のあいだに、野尻抱影、稲垣足穂、小山内龍、山川惣治といった名前も出てくる。

《(小山内龍の)『昆虫放談』は、昭和十六年に発行されて以来、これまで単行本として三回上梓されている。それにしても四〇年もたったいまでも、みずみずしい感触がある本なんてそうザラにはない。驚きだ。バイクも釣りもそうだが、あらゆるブームはマニアがつくる。学者が書いた本ではなく、ひとつの世界にのめりこんだマニアが著した本には、やはり普遍性があるものだなと思っている》(できればゴリラになってしまいたい)

 新刊本の紹介の部分は多少古くなっている。またわたしの不勉強のせいもあって、ヴィジュアル関係の話にはほとんどついていけない。しかし本を読んだとき、写真集を見たときの太田克彦の心のうごきはまったく色あせていない。

《本についてぼくはいろいろ書いてきた。しかしその日の気分で、ピックアップする本も書き方もちがう。何の脈略も系統もない。けれどもとりあげる本は、その日に出会った風景の一部なのだ。ぼくにとって本とは、知性の道具ではなくて、感性の刺激剤だ》(いままでほんとうの“知”がブームになったことなど一度もない)

 選んだ本は「単に締切近くなって偶然出会い、心の琴線に触れた本ばかり」だという。
 新しいものを追いかけながら、古くならないものを書く。
 それはほんとうにむずかしいことだ。
 この新しい、古いの感覚も、個人の感受性に左右されるところもある。
 古いものの中に新しさを発見する感覚、そして心の琴線を麻痺させないためにはどうすればいいのか。

 そんなことも考えさせられてしまった。 

2006/12/06

冬さえなければ

「男の人でも冷え性になるんですね」
 そりゃなるよ。低血圧に低体温。おまけに貧血性。だから冬は苦手である。
 もともと悪い寝起きがさらにひどくなる。起きてから一時間くらい指に力がはいらない。靴下がはけない。
 足の裏が冷えるとすぐ風邪をひいてしまうから、長時間外出できない。
 冷たい風が顔にあたると、泣けてくる。
 コタツにストーブ、加湿器。室温は二十度以上に保つ。そうしないと仕事ができない。冬はいつもより光熱費がかかる。だから働かないといけない。

 アルバイト代が出たので、防寒グッズを買いそろえることにした。シャカシャカしたズボンとゴアテックス製の靴を買った。ズボンは安かったが、靴は一万円くらいした。かなりおもいきった買い物だがこの選択に悔いはない。
 すこしでも寒さを防げるのであれば、安いものだ。
 さっそくはいてみた。重い。このまま山登りができそうだ。重い靴は苦手なのだが、寒いのはもっと苦手なので、ガマンすることにする。
 耳が隠せる帽子、手袋、マフラーも完備している。なぜか帽子をよくなくす。毎年なくす。どこでなくすのかわからない。

 冬を越す。それが目標だ。冬を越せば、なんとかなる。

(……以下、『古本暮らし』晶文社所収)

2006/12/05

紳士とは何ぞや

《立居振舞において、「紳士」という言葉が私の脳裏に浮ぶことはないが、その替りに浮かぶものがある。それは、「人間」とか「男子」とかいう言葉である。つまり、「こういうことをしては、人間として面目ない」とか、「男子として面目ない」とかいう発想である。
 そして、この「面目ない」ことを犯した場合は、長くそのことが傷となって私の心に残る。長い時日が経って、全く心の表面から消えうせたようになっていても、なにかのキッカケでなまなましく記憶がよみがえり、傷が痛むことがしばしば起る。そんなときには、
「あ、あああ」
 と、私の咽の奥でわれ知らず、声に似た音が鳴るのである》(紳士はロクロ首たるべし/吉行淳之介著『不作法紳士』集英社文庫)

 ときどき「文学とはなにか?」と自問する。偏っているかもしれないが、わたしは「あ、あああ」というものが、文学なのではないかとおもっている。

(……以下、『古本暮らし』晶文社所収)