2007/07/10

ウイスキーと読書

 たくさんの人と会って、喋って、飲んだあとは、ちょっと気がぬけてしまうというか、浮かれすぎた自分をおもいだし、恥ずかしくなるものだけど、まあそういうことがあってこその人生だなともおもう。日常のペースをとりもどすために、いつも通りの家事をして、散歩して、喫茶店でコーヒーを飲んで、ほんのすこしだけ仕事のことを忘れて、くつろぐことに専念する。
 こういうときに読みたいのは、やっぱり編集工房ノアの本だ。

 富士正晴の『狸ばやし』(一九八四年)の「詩集の話」というエッセイ集を読むことにする。

《この頃はひどくくたびれて、仕事が余りしたくなくなる。それを無理にすると、もっとくたびれてウイスキーをのんで、そのくたびれを忘れることになる。しかし、そのウイスキーをのみすぎて、次の日はウイスキーのくたびれで、次の日の仕事が余りしたくなる。が、それはしなくては済まぬので無理にやる。するとくたびれて、ウイスキーを、とまあこんなことで、仕事とウイスキーと読書と電話がまだらになっているような日々がつづいていると、全くがっがりする》

 酒全般にそういう効能があるのかもしれないが、わたしもウイスキーを飲むと疲れがとれるような気がする。疲れといっても、体ではなく、頭のほう。仕事のあと水割を二、三杯、さくっと飲むと楽になる。ただし、飲みすぎると、次の日がつらくなることは、富士正晴の書いているとおりだ。

(……以下、「会社の人事」と改題し、『活字と自活』本の雑誌社に所収)