2011/03/11

もうひとつのタイプ

 二十代のはじめごろまでは、他人との価値観のちがいに戸惑うことが多かった。
 戸惑うというより、価値観のちがうとわかった途端、話が止まり、何をいっても無駄だという気分になった。

 前回の話の続きで、もうひとつのタイプというのは、あまり感情に左右されない建設型である。

 破滅型も調和型も基本は感情にそって生きている。押しが強いか弱いかの差にすぎず、それ以外の生き方ができないといってもいい。

 建設型の人は、自分の感情よりもどうすれば形になるかということを優先する。そのときそのときに必要な役割を引き受け、場を仕切るのが得意で結果を重視する。

 建設型と破滅型はそりが合わないし、建設型と調和型が組むと、効率はいいけど、無難なものしかできない。
 建設型と破壊型と調和型の三タイプがうまく噛み合うと、おもしろいものが作れるのだが、なかなかそうならない。
 それぞれ相性がよくないからである。

 破滅型と調和型はどちらもマイペースだけど、趣味嗜好がちがいすぎる。
 建設型と破滅型はどちらもあまり躊躇しないけど、目的がちがう。
 調和型と建設型はうまくいきそうな気がするのだけど、建設型からすれば、調和型はやる気がない怠け者だと判断しがちだし、調和型からすれば、建設型を非人情で冷たいとおもいがちだ。

 お互いすこしずつ何かが足りない。お互いの得意分野を理解し、自分の足りないものを持っている人間を認める。
 これがむずかしい。ミもフタもないことをいえば、現実はこれほど単純に類型化できない。
 それぞれの類型からもこぼれおちたりはみだしたりまざりあったりしているタイプがある。

 ひとりの人間の中に破滅型と調和型と建設型がいりまじっている。ひとりの人間の中の性格の類型の比重は変わることもある。

 わかりにくいかなあ、この話。

(……続く)