部屋の掃除をしていたら、『昔日の客』の関口良雄が書いた「雑話」という題のエッセイのコピーが出てきた。
《私の店の近くの池上本門寺のそばに松尾邦之助という人が住んでいる》
駅のちかくで松尾邦之助と会って、「先生! 暫くでした」と声をかけると、「やあー」といって近づいてきた。
そのあとの松尾邦之助の台詞——。
「何かその後、僕の本が入ったかね。四、五年前に長嶋書店(ママ)というところから、僕の『赤いスフィンクス』という本を出したのだが、何とか見付けてくれないかね」
『赤いスフィンクス』は、松尾邦之助が訳したフランスの思想家アン・リネルの小説である。出版社は長嶋書店ではなく長嶋書房で一九五六年に刊行されている。
(……以下、『閑な読書人』晶文社所収)