2013/07/04

『夜バナ』の文庫化

 今月、渡辺一史著『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(文春文庫)が刊行されます。
 解説は山田太一。

《できないといえば、この人には、すべてのことができない。
 かゆいところをかくことができない。自分のお尻を自分で拭くことができない。眠っていても寝返りがうてない。すべてのことに、人の手を借りなければ生きていけない》

 大枠は、筋ジスの患者の介護現場を描いたノンフィクションなのだが、その枠の中では濃密な人間ドラマが展開され、渡辺さん自身もまた登場人物のひとりになってしまっている。
 取材し、引き込まれ、振り回されながら見た光景、掴み取った言葉。「フツウ」や「常識」が通用しない世界。生きること、人との 関わり方——答えの出ない問いを考えさせられる。
 シリアスに書こうとおもえば、どこまで深刻になりそうなテーマをユーモアたっぷりに書くことができたのは、それだけ深く入り込んで突き抜けた証だとおもう。
 渡辺さんは大学を中退し、北海道でフリーライターになったが、「専門分野も、得意分野もとくにない」まま「雑多な文章を書いて糊口をしのでいた」という。
 仕事は少ない。そのくせ、気にいらない仕事は引き受けない。
 当然、生活は厳しい。

「プロローグ」から、文章に共振する。内容の素晴らしさ、問いかけの深さもさることながら、渡辺さん自身の「地」のおもしろさも文章の中にしみこんでいる。

 はじめて渡辺さんと引き合せてくれた某社の編集者は「仕事をしないフリーライター同士、気が合うとおもって」といって、わたしを飲み屋に呼びだした。
 渡辺さんは二〇〇三年に『こんな夜更けにバナナかよ』で講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞後、二〇一一年刊行の 『北の無人駅から』(北海道新聞社)まで八年ちかい空白期間がある。

 とにかく膨大な時間と精神力を注ぎ込んで書かれた本である。
 注釈その他、加筆にも手間をかけている。

 頭は下がるが、渡辺さんの仕事のやり方は特殊すぎる。追随者は出ないのではないか。

 この続きはまた。