2016/01/16

禅とオートバイ修理技術

 原稿を書いて、編集部にメールで送信する。そのあとゲラが出て、誤字脱字事実誤認などをチェックする。
 そこで一段落——。

 ところが、原稿を書き上げたときに「終わったー」と気持になる。メールのソフトを立ち上げると、別件のメールが届く。急ぎの用件だと、すぐ返事を書く。返事を書いているうちに、書き終えたばかりの原稿を送信し忘れて、そのまま寝てしまったり、外出してしまったりする。……というミスを昨日やってしまった。どうにか事無きを得たが。

 慣れた仕事や作業でもミスは出る。ミスはしないほうがいいが、そうおもっていてもやってしまう。

 ロバート・M・パーシグ著『禅とオートバイ修理技術』(上下巻、五十嵐美克訳、ハヤカワ文庫)を読みはじめる(まだ一巻の途中までしか読んでいないが、傑作の予感)。著者のプロフィールが壮絶すぎる(ぜひ、書店で手にとって見てほしい)。原書は一九七四年に刊行。

《バイクの旅には二級道路がいい。何と言っても舗装された郡道は最高である。その次が州道で、高速道路は最悪である。私たちは、ただひたすら楽しく時を過ごしたいのである。いまの私たちにとっては、「時間」よりも「楽しい」ことが大切であり、いったんその重きを移動してしまえば方法のすべてが違ってくる》

 昨年、読んだジョッシュ・ウェイツキン『習得への情熱 チェスから武術へ』(吉田俊太郎訳、みすず書房)の中で、『禅とオートバイ修理技術』の話が出てきて、ずっと気になっていた。ちなみに、ジョッシュ・ウェイツキンは、映画化された『ボビー・フィッシャーを探して』のモデルになった少年でもある。

 心、精神の問題を習得(修理)可能な“技術”としてとらえ直す。今のわたしはそういうことに興味がある。もうすこし研究が進めば、うっかりミスも減らせるのではないかとおもっている。