2016/04/04

睡眠読書野球酒

 日曜日、寝起きの頭で西部古書会館最終日——。
 読書停滞期に入っている気がする。そういうときは未知の分野を開拓すべきであろう。しかしそう簡単に開拓できるのであれば、苦労はない。新規のジャンルを開拓するには熱意が必要である。
 とはいえ、不調なときは熱意が薄れているわけで……。だから何が何でも新規開拓しなきゃとおもいすぎないほうがいい。マンネリや退屈を楽しむ能力みたいなものは、調子がよくないときには重宝する。

 たぶん、マンネリやワンパターンというのは、褒め言葉ではないけど、ひょっとしたら長続きの秘訣かもしれない。

 日々の家事では、ワンパターンと自己模倣の連続といっていい。もちろん、多少は創意工夫もあるが、毎回ごはんの炊き方やみそ汁の味を変える必要はない。すくなくともそんなことをしていたら面倒くさくて続かない。
 新メニューは年二、三品あれば、十分だとおもう。年二、三品でも十年で二十、三十になる。

 本人はだしのとり方を変えたつもりでも、食べる人からすれば、いつもと同じ味としかおもえないということはよくある。

 プロ野球の試合だと、先発のローテーションがあり、リードしている場面では勝ち継投、同点や僅差ビハインド、敗戦処理など、それぞれの局面で投げるピッチャーは決まっている。いわゆる「勝利の方程式」といったパターンがあるチームは強い。
 シーズン通して調子のいい選手は稀だし、昨年うまくいった「勝利の方程式」が今年も通用するとは限らない。中継投手は「勤続疲労」も避けられない。

 話を強引に戻すと、読書生活みたいなものもローテーションがあり、継投パターンがある。一年くらいの単位ではあまり変化がなくても、五年十年という単位で見ると、読書傾向もずいぶん変わる。

 読書停滞期というのはローテーションや継投パターンの衰えかもしれない。深刻だが、よくあることだ。

 長年、好不調の波を経験してきたけど、食べて寝ること以上の解決策はない。結論が、ワンパターンで申し訳ない。