2022/09/26

昔と今

 日曜日、西部古書会館。澤壽次、瀬沼茂樹著『旅行100年 駕籠から新幹線まで』(日本交通公社、一九六八年)、矢守一彦著『古地図と風景』(筑摩書房、一九八四年)など、カゴ半分くらい買う。『旅行100年』が刊行された一九六八年は「明治百年」の年でもあった。瀬沼茂樹は『本の百年史 ベスト・セラーの今昔』(出版ニュース社、一九六五年)という著作もある。『本の百年史』は昔の出版社の社屋の写真(絵)、書影が多数収録されていて、ちょくちょく読み返す。奥付には「中野区桃園町」の瀬沼茂樹の自宅の住所も記されていた。桃園町は、作家、評論家がけっこう住んでいた。

 テレビで全国各地の水害のニュースを見る。ここ数年歩いた宿場町も被害に遭っている。わたしは街道を通して日本の地理や歴史を勉強中である。五十数年生きてきて、知らない町や川がたくさんある。

 すこし前に夜、中野から高円寺まで歩いていたら、途中、環七沿いに肉(冷凍)の無人販売所ができていた。

 高円寺と阿佐ケ谷の間のガード下も冷凍食品の自販機がずらっと並ぶコーナーがまもなくオープンする。これから無人の店がどんどん増えていくのかもしれない。そういえば駅前の空店舗がガチャガチャコーナーになっていた。小さな男の子が(けっこうリアルな)昆虫のおもちゃを買っていた。

 インターネットが普及する以前は、演劇映画ライブの情報を載せれば雑誌が売れた(九〇年代前半くらいまで)。FM雑誌が四誌あり、すべて合わせると百五十万部以上という時代もあった。通勤通学の電車に乗れば、網棚に雑誌(週刊誌、漫画誌)や新聞がいっぱい落ちていた。これだけ活字を読む人がいるなら、この先、自分も細々と暮らしていけるのではないか。家賃と食費と光熱費その他を払い、本や雑誌が買えて、週二日くらい飲み屋や喫茶店に行けて、年に一、二回国内旅行ができる——そういう生活が送れたら文句はないとおもっていた。

 新宿や渋谷に行ったときの人の多さを見て「こんなに人がいるなら自分一人くらい生きていける隙間がどこかにあるだろう」ともよくおもった。