2022/12/26

年の瀬

 今年もあとちょっと。時が経つのが早すぎる。
 土曜日、西部古書会館。今年最後の古書展を見て、高円寺を散歩する。この日の収穫は日本近代文学館『日本近代文学図録』(毎日新聞社、一九六四年)など。『日本近代文学図録』は刊行時三千円。五十八年前の三千円は……今の感覚だといくらくらいなのか。一九六四年、岩波文庫が五十円、公務員の初任給が二万円くらいの時代だ。大判で索引含め、三百九十頁以上ある。尾崎一雄の「暢気眼鏡出版記念会芳名帳」の写真も載っている。記念会は昭和十二年四月二十四日「新宿高野フルーツパーラア」で開催。この会に古木鐵太郎も出席していたことを知る。

 古木鐵太郎(一八九九〜一九五四)は改造社の編集者で葛西善蔵、宇野浩二といった私小説作家を担当した。豊多摩郡和田堀町(後・杉並区)、杉並区高円寺、中野区野方、鷺宮あたりを転々と暮らす。散歩好きで高円寺・野方界隈をよく歩いた。
 わたしが大和町、野方のあたりを散策するようになったのは福原麟太郎と古木鐵太郎の影響でもある。もうすこし暖くなったら妙正寺川沿いを歩きたい。妙正寺川は橋がたくさんある。
 高円寺から野方に行くときは「でんでん橋」という小さな歩行者用の橋を通る。橋は野方駅南口(野方駅入口)のバス停の近く。「でんでん橋」の名前を知ったのはつい最近だ。都立家政方面に行くときは歩道と車道のある川北橋をよく通る。

「でんでんばしの由来」と題したサイト(他の記事は見当たらない)によると、二〇二〇年末あたりまで「でんでん橋」には欄干などに橋の名を記したプレートがなかったそうだ。このサイトに二〇二一年一月のプレートのついた橋の写真が掲載されている。昔のでんでん橋は木製で下駄で渡ると「でんでん」と音が鳴り響いたことから、その名がついた(らしい)——という地元の高齢者の方から聞いた話を紹介している。

 昨日、都立家政方面を散歩した。駅南口に「かせいチャン」というモニュメントを見かけた。ちばてつやさんがデザインしたマスコットで、都立家政商店街には「かせいチャン七福神」がある。散歩中いくつか見かけた。