辻征夫の本を読んでいて、ふとリルケの『若き詩人への手紙』(佐藤晃一訳、角川文庫)のことが気になりだした。
最初の手紙のタイトルが、「私は書かずにはゐられない」。十代の辻征夫は、この文庫を読み、その教えを守り続けた。
《沈思黙考しなさい。あなたに書けと命ずる根拠をお究めなさい》
《何よりもまづ、あなたの夜の最も静かな時間に、自分は書かずにはゐられないのか、と御自分にお尋ねなさい》
手紙の日付は一九〇三年二月十七日。百年以上前の助言だ。
書く根拠。
・しめきりがある。
・原稿料がほしい。
しめきりがせまってきたら、書く根拠は何かといちいち自問している暇はない。時ならざれば食わず、というわけにはいかない。
おそらく定年まで辻征夫が勤め人をしていたのは、「書かずにはゐられない」ことだけを書きたかったからだろう。
書きながら、すこしずつ自分の書きたかったことが見えてくることがある。書き終えてから、気づくこともある。わたしはそういう書き方が好きだし、自分の性に合っているのではないかとおもっている。言い訳か。