2009/10/12

雑感

 深酒後、三十時間くらいかかったが、ようやく体調が回復する。からだが軽い。いつもこんなかんじだったらいいのだが、とおもう。

 もうすこし規則正しい生活を送ったほうがいいのか。
 不摂生をしていないにもかかわらず、体調がわるくなったとすれば、どうすればいいのかわからなくなる。あるていど改善の余地を残しておいたほうが安心できる。
 
 仕事部屋から本を運ぶ。台車一往復、あるいは自転車三往復分で、だいたい同じくらいの量の本が運べる。なんとなく、自転車三往復のほうが楽だとかんじるのは気のせいか。

 鮎川信夫、吉本隆明著『対談 文学の戦後』が講談社文芸文庫で復刊した。鮎川信夫の本は、ほとんど文庫化されていない。石川好との対談『アメリカとAMERICA』ちくま文庫くらいだった。もちろん、品切。

 ウィキペディアの鮎川信夫を見ると、「鮎川信夫に影響を受けた著名人」という項目で、スガシカオ(シンガーソングライター)とあっておどろく。

 今週末、十月十七日は鮎川信夫の命日。生きていたら、今、八十九歳。二〇二〇年八月二十三日が生誕百年。そのころわたしは五十歳である。
 これからの十年、どうすればいいのかということをよくかんがえる。

 どうしたって好不調の波はあるということだけは、三十代の十年間で学んだ。ゆっくり休養すれば、すこしずつまた持ち直す。焦らないようにする。

 まったく話はかわるけど、最近、テレビで「乱暴な編集」が流行している気がする。
 誰かが喋っている途中、VTRを無理矢理カットする。それを見たゲストが「うわー、失礼」といって笑う。
 よくある手法だとおもうが、だんだん猫も杓子もみたいになってきて、ときどき冗談になっていないときがある。

 テレビ界の権力を見せつけられているというか、タレントの迎合を見せつけられているというか、いずれにせよ、見ていて気分のいいものではない。

 時間がオーバーしたから、削る、まとめるのではなく、あらかじめカットすることを目的にして芸人にからだを張った芸をやらせたり、喋らせたりするのはどうなのか。

 このあいだも林家木久翁がそういう扱いを受けていた。何枚まで座布団を重ねて座わることができるかという実験で、何かいろいろ喋っているのだけど、ことごとく途端で切られるのである。ひどかった。