仕事のち散歩。夕方、高円寺北口にできたうどん屋に行ってみる。月見山うどん(山かけとたまごのうどん)を注文。
食後、高円寺文庫センターに寄る。店内、絶版漫画が充実しているなあとおもったら、股旅堂の棚だった。
家にこもって考え事をしていると、「行き詰まった感」におそわれる。「行き詰まった感」を考えぬこうとすると、堂々めぐりにおちいる。
そういうときは、今やっていることとはちがう課題を作ったほうがいいのかもしれない。それが何かがわからないから、行き詰まっているともいえるのだが。
河合隼雄、谷川浩司の対談集『「あるがまま」を受け入れる技術』(PHP文庫)を読んでいたら、今の若い人は、情報が手に入れやすくなっている分、夢を持ちにくくなっているのではないかというような話が出てきた。
小・中学生でも、なんとなく、全国で自分がどのくらいのレベルなのか、わかっている。自分の将来はこんなものだと冷めていて、がむしゃらになれない。
実現可能な望みだけではなく、もっとちがうスケールの大きな目標を発見する努力をしないと、なかなか無気力から抜け出せない。
リスクを避け、無難なほうに流れてしまう。
さらに読み進めていくと、「考えが行き詰まったら寝たほうがまし」(河合)、「頭を白紙に戻すことで、新しい発見ができる」(谷川)というフレーズがあった。
《河合 原稿を書いている時に、だんだん行き詰まってきて憂鬱になってくるでしょ。そういう時に、昔は「書かないかん、書かないかん」と思って、なんやかんやと焦ったものです。焦っていろんなことをしてみるわけですが、結局書けないまま時間がどんどん経って、締切が近づいてくるということがよくあったんですよ。ところが、このごろは焦るのをやめたんです。じゃあどうするかというと、書いていて行き詰まったら、パッとそこで寝るんですよ(笑)》
目が覚めると、行き詰まっていた原稿がさらりと書ける。徹夜するよりも、ずっと能率がいいらしい。
わたしもよくこの手をつかう。行き詰まったら、寝る。二十代のころは、それができなかった。ひとつの原稿を仕上げるのに必要な時間が読めなかったからだとおもう。
長年仕事をしているうちに、寝ても大丈夫、休んでも大丈夫という感覚がすこしずつ身についてくる。
この河合隼雄の話を受けて、谷川浩司は対局中に「ずっと集中しっぱなしではなく、集中とリラックスを適当に切り替えることが大切ですね」と語る。
また浄土真宗の寺に育った谷川さんは、こんなこともいっている。
《谷川 難しいことは分りませんが、勝負事であれ普段の生活であれ、自分一人の力ではどうにもならないことは必ずあるわけです。そんな時に、自力だけですべてを思いどおりにしようとじたばたしたり、逆に思いどおりにならないからといって絶望したりするのではなく、なんともならないところは仏様に任せて、自分ができることをしっかり見据えてやっていこうというのが「他力」ということではないかと思います》
行き詰まっているときは、自力と他力の見極めがうまくいっていない。ただ、じたばたしないと、なかなか見極められない。
……未完