2012/01/21

自我と他我 その四

……鮎川信夫を読み解くキーワードは「単独者」であると書いた。
 もうひとつのキーワードが「均衡の感覚」である。

 政治も経済も「均衡の感覚」が失われるところから歪みが生じる。

《われわれとしては、国際政治の世界で、均衡の感覚を保持して進みうるならば、それでよしとしなければならないだろう》(『一人のオフィス 単独者の思想』思潮社)

「正しい均衡の感覚」を有しているかどうか。それが鮎川信夫の判断基準だった。

《だが、「正しい均衡」といっても、自称であって、立場が異なれば一種の偏奇と映るかもしれない、ということは私もよく承知している。同じ一つの事件を解釈するにも、右の立場と左の立場ではまるで違った見方をするし、保守主義者と進歩主義者では結論がぜんぜん違ってくる》(同上)

 自己の政治信条を他人に押しつけず、一個人としての権限と責任において発言し、その分を守る。いっぽう独裁政治と全体主義にたいして強い警戒心があった。
 戦前戦中と比べれば、今は言論の自由がある。それでも時代時代に情報の歪み、タブーは存在する。

《本当に怖いのは、そういう当事者の政策ではなくて、それによって言論に携わる者が、自己検閲をして、本当に言いたいことを言わなくなってしまうことだと思います》(「詩と時代」/『すこぶる愉快な絶望』思潮社)

 商業誌(紙)の世界では、こうした自己検閲は当たり前のように行われているといっていい。自己検閲は「業務に支障をきたす」とか「面倒くさい」といった理由で行われることもある。
 かつては投書の形だった抗議が、今ではメールやツイッター等でダイレクトに届く。その結果、以前とは比べものにならないくらい無数の他我の力は強くなっている。

 だからこそ、自己を貫徹するためには軸になる正しい均衡の感覚を身につける必要がある。

(……続く)