……阿佐田哲也著『無芸大食大睡眠』(集英社文庫)を再読した。
「書き初めに一言」というエッセイでは、正月に遊びほうけて自己嫌悪に陥り、「疲れた」「隠居したい」といった愚痴をえんえんとこぼしているのだが、それから急に話が変わって、阿佐田哲也が人から聞いてもっとも印象に残った言葉を伝える。
《長く生き残っていくというのはむずかしいですねえ。あんまりリードしすぎて、ぶっ千切って先頭に立ってはいけないですよ。他の皆の目標になりますから。皆、誰だって能力自体はそれほど差はないんですから、目標にされたら損です。潰れる可能性大ですね》
ある日、阿佐田哲也の家にふらっと現われた三十代の無職渡世の青年の言葉だそうである。
この話には続きがある。
《といって、馬ごみに入って、混雑の中に埋まってしまってもいけませんねえ。馬ごみの中から出ていくなんて、これもむずかしいんです。
リードしすぎないように、それから馬ごみに入らないように、一歩か二歩だけ、一団より先に行ってる、これがコツなんですけどねえ》
リードしすぎず、馬ごみに埋まらず——というのが長く生き残っていくための秘訣。色川武大風にいえば、「わかっていても、それができない」なのだが、現在、馬ごみの中にいる身としては、そこから抜け出すことに専念するほかない。
この馬ごみの教えは『うらおもて人生録』の「おしまいに——の章」にも、若い友人がいっていた話として出てくる。
競馬であんまり先行しすぎると、マークされるし、後続の馬がひしめく馬ごみにはいると抜け出せない。強い馬はいつも一団より半歩くらい先に出る。
《でも、自分では半歩先に出ているつもりなんだが、レースの速度は同じじゃなくて、速くなったりおそくなったりするから、半歩先に行ってるつもりでも、速く出すぎたり一団の中にまぎれてしまったり。どうもうまくいきません》
色川武大は若い友人の意見を「劣等生の論理」と考える。エリートや優等生は「ドーンとぶっ千切って走ろうとするタイプ」が多い。
《バランスのとれている人なら、馬ごみの中に入っても、なんとかそれなりのコースをみつけるだろうし、事故にも強い。
それにひきかえ劣等生は、欠落が多いんだよね。平均点が駄目なんだ。欠落をたくさん抱いて馬ごみに入ったんじゃ、もうおしまいだよ》
本線を外れてしまった人は、自分の走り方を見つけるしかない。
そのヒントは、「おしまいに——の章」だけでなく、『うらおもて人生録』の全編を通して語られている。