ギッシングの『ヘンリー・ライクロフトの私記』が刊行されたのは一九〇三年。この小説は、ライクロフトが残した私記を季節ごとに分け、それをギッシングが編集したという体裁をとっている。
いわば、架空の人物の架空のエッセイもしくは日記である。
百年以上前に書かれた『ヘンリー・ライクロフトの私記』は、今でも読み継がれている。
ライクロフトは十代のころから文筆の世界に生きてきた。生活はずっと苦しかった。ところが、五十歳のときに、友人から一生働かなくても暮らせるくらいの額の年金を相続し、彼は風光明媚なイングランドの田舎に家を建て、悠々自適の生活を送る。
羨ましい……とおもったが、ちょっと待てよ。
二一世紀の日本であれば、ライクロフトのような生活は、莫大な遺産を相続したり、宝くじに当たったりしなくてもできる。
五十歳のライクロフトはひとり身である。妻はすでに他界し、子どもは独立している。
田舎に引っ越す前は、ロンドンにいた。
都会を離れ、田舎でひとり暮らしをするのであれば、別に大きな屋敷に住む必要はない。小さな山小屋で十分だ。
ライクロフトは、身のまわりの世話をさせるため、優秀なハウスキーパーを雇うが、それだって自分で家事をすれば、その分、金が浮く。
ライクラフトは金のかかる趣味はしていない。草花を愛で、古典を読む。散歩と読書の日々だ。
さて、そう考えると、どうでしょう。
田舎だと、ひとり暮らし用の部屋を探すのはむずかしいかもしれないが、すこし不便なところなら、格安で一軒家が売っている。都内の家賃二、三年分でそこそこいい家を手にいれることもできるだろう。
あと必要なのは毎月の食費や光熱費。収入がほとんどなければ、税金や保険料だってかからない。完全に仕事をやめるのではなく、「半隠居」くらいの感覚なら、何とかやっていけそうである。
月十万円くらいの収入があれば、余裕かもしれない(病気やケガをしないという前提だけど)。
夢物語とおもって読んでいた『ヘンリー・ライクロフトの私記』だが、暖炉のある家とハウスキーパーさえ諦めたら、ライクロフトのようなのんびりした田舎暮らしは不可能ではない。
……都会の暮らしに行き詰まったときの選択肢としてはありだ。