2017/12/05

まだまだ何も

 竜王戦第五局が気になって仕事が手につかない。一日目、羽生善治さんの封じ手で終了。なんとなく羽生さんの手に勢いがあるようにおもう(形勢判断できるほどの棋力はないのだが)。

 わたしが将棋に興味を持ちはじめたのは一九九六年の羽生善治さんの七冠フィーバーのときだ。そのころ、大盤解説会に棋譜をFAXで送るアルバイトをしていた。
 当時、定跡も何も知らず、対局を見ていても何もわからない。何を考えているのかもわからない。こんなにわからないことを真剣に考えている人たちがいる。その姿に心を打たれたのだとおもう。

 序盤から中盤にかけて、その場にいた観戦記者(アマチュア四、五段の人)が予想外の手を羽生さんが指す。その一手が終盤に効いてくる。そんな場面が何度もあった。

 二十五、六歳のころ、ライターの仕事が行き詰まって、何かを変える必要があると考えていた。毎日、古本屋に通い、本を読んで酒を飲んで寝る生活は、楽しかったが、仕事にはまったくつながらなかった。当たり前だが。

 集中とリラックス、休息のとり方……将棋本に教わったことはたくさんあった(実践できているかどうかは別だが)。
 その後、海外のスポーツコラムやスポーツ心理学の本を読むようになったのは、将棋本がきっかけだ。

 五日、夕方。羽生さんが竜王位奪取。永世七冠達成。NHKに速報のテロップが流れる。

 対局後の記者会見で、挑戦者になることもむずかしかった、次があるのかどうかもわからない、最後のチャンスだという気持もあった——と語っていた。「そうですね〜」といいながら、言葉を慎重に選ぶ。受け答えの姿勢がまったく変わらない。(二十代三十代のころと比べて)四十代は足し算だけでなく、引き算で考えられるようになったことが強みになっているという答えも羽生さんらしい。

 永世七冠という偉業を達成し、今後の抱負を訊かれ「(将棋のことは)まだまだ何もわかっていない」。重い言葉だ。