2021/07/14

大均一祭

 七月十日から三日間——西部古書会館の大均一祭。初日二百円、二日目百円、三日目五十円で三十冊以上買う。『近代文学の至宝 永遠のいのちを刻む』(日本近代文学館、二〇〇七年)、『日本近代文学館創立20周年記念 近代文学展』(日本近代文学館、一九八二年)など。

『近代文学展』のパンフはすでに持っていたのだが、同展覧会の新宿伊勢丹(伊勢丹美術館)のチラシ(優待割引券)付だった。当時、百貨店で文学展をしょっちゅう開催していた。
 ちなみに一九六三年十月に伊勢丹で開催された近代文学館創立記念の「近代文学史展 文学百年の流れ」の会場の写真は満員の人だかり。

《いま二十周年を迎える近代文学館が、もし私達のこの世界に思いがけずこともなく、やがて××年(例えば、大きくいって二百年)を迎える日を想像すると、どのような景観がそこに現出するであろうか》

 これはパンフレットの中にあった埴谷雄高の言葉だ。すでに一九八二年から四十年近い歳月が過ぎている。この四十年くらいの間に原稿用紙に手書きの作家は激減した。
 文学館には作家が愛用したワープロ、パソコンが展示されるようになるだろう(すでに携帯電話の展示は見た)。

『近代文学の至宝 永遠のいのちを刻む』には、文学館設立基金を集めるための「色紙展」の記録などもあった。
 すこし前に読んだ福原麟太郎著『この道を行く わが人生観』(大和書房)の「老いの術」にも色紙展の話が出てきた。

《近代文学図書館(ママ)の設立資金を得るために、折りから開かれている佐藤春夫記念展覧会に隣って色紙展をひらくから、色紙へ何か書くようにすすめられた。私などがと思うけれど、こういう際は遠慮しない方がいい》

 福原麟太郎は色紙にチャールズ・ラムの「われ愚人を愛す」、ブラウニングの「われとともに老いよ」などの文句を書くことが多かったらしい。