荻窪に住んでいたころの黒田三郎が、酔っぱらって中央線の終電に乗っていた。電車がホームに止まった。阿佐ケ谷というアナウンスが聞こえる。ふとみるとそこは浅川駅だった。「あさがや」と「あさかわ」の音が似ていて、まちがえたという話である。
最近までわたしは浅川駅がどこにあるのか知らなかった。
本を読んでいて、ちょっとわからないことがあると、インターネットで検索する。後ろめたさをおぼえつつ、便利さにあらがえない。ウィキペディアの「高尾駅(東京都)」の項をみると、一九六一年年三月二十日に浅川駅から高尾駅に改称されたとある。
わたしも寝すごして何度か高尾駅まで行ってしまったことがある。たいてい始発まで時間をつぶして電車で高円寺に帰る。
いちどだけ高尾から高円寺までタクシーに乗ったことがある。
十年以上前、家賃三万八千円の風呂なしアパートに住んでいたときのことだ。
毎日のように食費を切りつめ、倹約にはげんでいた。でもその日はたまたま財布の中にいつもよりお金がはいっていた。酔っぱらっていたせいかもしれないが、突然、つまらない出費というものをしてみたくなった。
高尾から高円寺までタクシーに乗ったら、どんな気持になるのか。それが知りたかった。当時のわたしには想像できなかった。
タクシー代は一万六千八百円だった。
もちろん、後悔した。