2018/08/06

葛西善蔵の口述筆記

 古木鐵太郎の全集を買った……という話を書いたが、その何年か前に古木が葛西善蔵の小説の口述筆記をしていたことをどこかで読んだ気がしていた。今朝、おもいだした。木山捷平著『新編 日本の旅あちこち』(講談社文芸文庫)の「椎の若葉——青森」である。
 木山捷平は、青森の碇ケ関温泉に泊り、翌日、三笠山に登り、葛西善蔵の文学碑を見に行く。

《椎の若葉に
 光あれ
 親愛なる
 椎の若葉よ
 君の光の
 幾部分かを
 僕に恵め》

 文学碑の裏には友人の谷崎精二による葛西善蔵の略伝が彫ってある。

《この碑文はいうまでもなく善蔵の名作『椎の若葉』の中の一節だが、この作品は当時(大正十三年)雑誌「改造」の青年記者だった古木鉄太郎氏が口述筆記したものである》

《筆記の場所は本郷の何とかという下宿屋で、酒ずきの善蔵は一ぱいやりながら口述をはじめた。はじめたのは午後三時ごろで、終ったのが午前三時ごろだった》

 このエッセイは『古木鐵太郎全集』の別巻にも「『椎の若葉』より」として収録されている(途中、省略あり)。「何とかという下宿屋」は本郷の西城館だろう。
 口述に行き詰まった葛西善蔵が犬や牛の物真似をした話も「椎の若葉――青森」で紹介している。わたしはそこだけ覚えていた。
 葛西善蔵の口述筆記といえば、「酔狂者の独白」は嘉村礒多が担当している。

《自分は、今日も、と言つても、何んヶ年も出してみたことはないのだが、押入れから新聞紙包みの釣竿を出して見た》

「酔狂者の独白」はのんびりしたかんじではじまる小説だが、口述筆記の最中、葛西善蔵は嘉村礒多に「早く筆記して!」と急かした。ようやく筆記した原稿をその場で破り捨てることもあった。嘉村礒多の小説にも葛西善蔵の口述筆記をしていた話がある。

『葛西善蔵集』(山本健吉編、新潮文庫)で「湖畔手記」と「酔狂者の独白」を読んだのだが、字が小さくて苦労した。眼鏡を外したほうが読みやすい。老眼か?