朝五時、近所を散歩。空は明るい。月が見える。
古木春哉著『わびしい来歴』(白川書院)がおもしろかったので、父の古木鐵太郎の本を読んでみたくなった。
読みたいときが買いどき。『古木鐵太郎全集(全三巻+別巻)』を衝動買い。すこし前に、別の古木鐵太郎の本をネットで購入したら、目次にびっしりと書き込みがあり、本文中に線引があった。安い本ではなかった。返品を申し入れたところ、返金してもらえた(本を返すための送料はどうすればいいのだろう? その後、何の連絡もない)。
古木鐵太郎は一八九九年七月十三日生まれ(一九五四年三月二日に亡くなった)。
もともと改造社の編集者で志賀直哉の「暗夜行路」、葛西善蔵の「椎の若葉」を担当した。「椎の若葉」は古木鐵太郎が口述筆記している。酔っぱらった葛西善蔵は犬の物真似をした。「湖畔手記」の担当も古木だった。
先日『フライの雑誌』の堀内正徳さんも、あさ川日記に葛西善蔵のことを書いていた。
《葛西善蔵はあの時代に、仕事をするために籠った湯ノ湖の宿へわざわざ自前の釣り竿を持ち込んでいる。温泉入って釣りなんかしてたら、そりゃ作はできないですよ善蔵さん》(「きれいな川と元気な魚」/あさ川日記より)
『古木鐵太郎全集』所収の随筆を読むと、日光には葛西善蔵だけでなく、古木も同行していた。
《この日光湯本滞在の時が、葛西さんには最も楽しかつた期間ではなかったらうか。よく二人で湖畔を歩いたり、戦場ケ原に遊びに行つた》(葛西さんのこと)
『湖畔手記』は二、三年に一回くらい読み返したくなる。ぐだぐだ感がたまらない。
古木鐵太郎は「散歩の作家」とも呼ばれていた。
高円寺から野方あたりをよく歩いている。上林曉や木山捷平の随筆にも古木鐵太郎の名前は出てくる。改造社時代に上林曉と知り合い、いっしょに同人雑誌も作った(上林曉と共著もある)。井伏鱒二とも親交があった。中央線文士とのつながりがけっこう深い。
古木の妻は佐藤春夫の妻(谷崎潤一郎の元妻)の妹でもあった。生活苦に陥っていた古木鐵太郎に佐藤春夫が編集の仕事を紹介しようとしたが、それを断り、以後、疎遠になったらしい。
全集の別巻には尾崎一雄の古木鐵太郎の追悼文も収録されている。
《古木君の作品は、非常に特色あるものだ。即ち、古木君の作品ほど、素直な小説を、私は古今東西に亘って読んだことがないのだ。(中略)気持にも文章にも、全然ヒネつたところや企んだところの無い小説――どう考えても珍しい小説だと思ふ》
読みはじめたばかりなのだが、すでに古木鐵太郎に魅了されている。いい人そう。