2010/12/24

文化の基盤 その五

 田村隆一著『砂上の対話』(実業之日本社)に収録されている鮎川信夫との対談を読んだ。
 その中で田村隆一が同人誌から面白い詩人が出てこなくなった理由を「やはり手紙が書けないってことなんだよ。やはり同人雑誌の基礎っていうのはね、手紙が書けたり、会話ができたりする、一番狭いコミュニティーじゃなきゃ駄目なんだ。そこで、みんなお互いに大きくなっていくんですからね」と語る。
 この分析が正しいかどうかはさておき、興味深い指摘だとおもった。
 さらに田村隆一は「肉眼で見える範囲」「人間が歩いていったり、生きたり、死んでいったりする土地」を信じなければ詩は書けないという。

 かつて出版(とくに同人誌)は狭い世界だったから、あるていど読者の顔が見えた。それがしだいに拡大していくにつれ、「客っていうのが抽象的な存在になってしまって、結局売り上げ部数とか、何版重ねましたということだけが、読者からの反応ということになってしまう」とも——。

 すこし前に「内輪受け」と「一般受け」について書こうとしてうやむやになってしまったのだが、ごく身近な人に、自分の言葉がどこまで通じ、通じないかを知るという蓄積は大事だ。
 そうした蓄積がないと言葉が届いたときのミットの音(の強弱)が聞き分けられない。といいながら、今、受け手が見えない文章を書き続けている。

 同書で田村隆一は吉本隆明とも対話している。
 鮎川信夫と吉本隆明が方向音痴だいう話をしていて、田村隆一は「ほかのむずかしいことは鮎川と吉本にまかせる以外にないんだからさ。よろしくおねがいします」と話を投げる。

《吉本 それじゃ話が続かない。(笑)

 田村 続く続く。よろしく頼むほうと、よろしく頼まれたほうが話し合っていけば、おのずから文明論になっていく。ぼくは自分の分を知っているんですよ。これは生意気な言い方だけど、人にはできることとできないことがあるんです。ひとりでなにもかもやろうとしたら、全部破滅するよりしようがない》

 その後、酔っぱらった田村隆一の独演会状態になる。でも「ひとりでなにもかもやろうとしたら、全部破滅するよりしようがない」という言葉は「文化の基盤」におけるキーワードだという気がした。

(……続く)