2016/12/06

強情さが必要(七)

 寄り道ついでに『尾崎一雄対話集』を読んでいて、気になったところをもうすこし紹介したい。
 尾崎一雄と安岡章太郎の対談(昭和文学奈良時代)の冒頭——。

《安岡 尾崎さんを悪人だというのは、だれが言ったんでしたか。
 尾崎 辻潤だよ。失礼なことを言いやがる》

 このエピソードは尾崎一雄著『あの日この日(下)』(講談社)の「辻潤の一喝『君は悪人だ!』」に綴られている。
 あるとき志賀直哉、辻潤、尾崎一雄が飲んでいたら、しだいに酔っぱらった辻潤の独演になった。

《するうち、突然、辻氏が私の顔を正面から見て、
「君は悪人だ!」と声を張つた。
「え?」
「悪人だ、君は」
「どうしてでせうか」
「君は酒を飲んでもしやアゝとしてゐる。その態度で判る。悪人だ」》

 若き日の尾崎一雄は辻潤の言葉にうろたえ、顔が真っ赤になった。そのあと辻潤の尺八を聴いた。

《辻潤といふ異色ある人に会つたのは、その時だけである》

 尾崎一雄は辻潤の熱心な読者だったが、「結局、氏のアウト・ロウ振りにくすぐられながらも、これではいけない、といふ気になつてゐた」。

《とにかく、辻潤の尺八は、よかつた》

 それはさておき、辻潤に「悪人」といわれた逸話から、安岡章太郎は、尾崎一雄に「悪人じゃないけれども、見掛けによらず強いところがありますね」と語る。

 それからしばらくして昔の作家の「よゆう」に話題が変わる。

《安岡 志賀さんの、たとえば尾道へ行つて客観的に見ればふらふらと遊んでいたわけでしょう、それが何年間も……。ああいうことはちょっといまどんな金持ちでもできないな。
 尾崎 だって、家賃溜めるとか、酒屋とか米屋だって盆と暮れに払えばいいという時代でしょう。いけなければ夜逃げしてしまうということができた時代だからね。いま現金払いでしょう》

(……続く)