2021/08/27

他人の雑誌

  木曜日、神保町。九州の街道本数冊。長崎から佐賀にかけての宿場町はよさそうなところばかりだ。九段下寄り某古書店、均一に串田孫一が三十冊以上並んでいた。未読の随筆を一冊(線引有)買う。仕事の合間にちょこちょこ読むのに串田孫一の随筆はちょうどいい。

 東京堂書店の今週のベストセラー、色川武大著『オールドボーイ』(P+D BOOKS)が一位だった。
 すこし前に小学館の『色川武大・阿佐田哲也電子全集』の二十三巻「単行本未収録作品&対話集」を買った。
「吉行さんはいつも吉行さん」というエッセイを読む。どこかで読んだような記憶がある。吉行淳之介全集の別巻だったか。

 かつて色川武大が出入りしていた小出版社が若き日の吉行淳之介がいた雑誌社の近くだったという話からはじまる。それから吉行が「驟雨」で芥川賞を受賞した後、「その頃、私にとって、文芸誌の創作欄に吉行淳之介の名前があるのとないのとでは大ちがいで、吉行さんの書いてない号は、なんだか冷たい他人の雑誌のような気がした」——。

 初出は「本」(一九八三年七月号)。

 同巻には吉行淳之介、山口瞳、色川武大の座談会(『想い出の作家たち』)も収録。三人とも元編集者という共通点がある(それにみんな不健康だ)。共通の知り合いだった五味康祐の逸話はだいたいひどいのだが、吉行淳之介は「憎めないところがあったな」と語り、山口瞳も「でも彼がいなくなってみると、やっぱり懐しいね。文壇のパーティに行っても、五味さんのような、いかにも剣豪作家だって感じの人がいなくなった」と回想している。

《吉行 ここに色川さんがいる、剣豪作家じゃなくて、剣豪という感じ(笑)
 山口 それと、尾崎一雄さんとか木山捷平さんのような、いかにも小説家だな、という風貌の人がいなくなった。今の作家はみんな銀行員みたいでしょう。
 色川 ぼくは大泉の都営住宅にいた頃の五味さんのところへ原稿依頼に行ったんです。ちょうど選挙の時期でね、五味さんの家は交叉点の角にあったから、その家の窓の外に選挙カーが停って演説を始めた。すると五味さん、ステレオをかけて音を最大限に大きくした。これが演説も何も聞えなくなるほどのボリュームでね、選挙カーは途中で演説を中止して行っちゃった。しかし、物も言わずに突然大きな音を出すとは、ヒステリックな人だな、と思いましたね》

 この三人の“文芸雑談”はずっと読んでいたくなる。初出は『オール讀物』(一九八三年七月臨時増刊号)。わたしは文芸誌の小説には興味がなく、読むのは専ら対談と座談会である。小説は本になってから読めばいいかなと……。