2022/01/29

別の進路

 昨年あたりから田畑書店が次々と良質な文芸書を刊行している。昨年九月に出た増田みず子著『理系的』(田畑書店)も素晴らしかった。ほとんど初読の随筆だった。

「井伏さん讃歌」はこんな一節からはじまる。

《井伏さんの小説をたくさん読んだ。こんないい方は大変失礼だと思うが、気が滅入ったときなどに井伏さんの文章をゆっくり時間をかけて読むと、元気になれた》

 わたしも元気がないときに井伏鱒二を読むことが多い。尾崎一雄もそうかもしれない。読むと、なんとなくささくれた神経が和らぐ。そして、だらだら、のんびりしていてもいいのではないかと……。

《井伏さんの小説を読むと、生きているのが悪くないことのように思えてくる。それはなぜなのか前々から考えている。
 テレビで井伏さん自身がいっていた。「悪口は書かない。性分が合わないんだ」》

——初出は「ちくま」(一九九三年九月号)

「夢と進路」の中学生のときの校長先生の話もよかった。

《進路を決めたらそれに向かって懸命に努力するのはもちろんだが、それがうまくいかなくても挫折と考えて落ち込んでしまわずに、別の進路にチャレンジしてみる柔軟さも必要だという話だった》

——初出は「旺文社ゼミ『HIGH PERFECT』 高2クラス」(一九九四年十二月号)

 昔から何かに挫折した後に再チャレンジする話を読んだり聞いたりするのが好きだ。なぜそういう話に魅かれるのかというと、年がら年中、食えなくなったら、どうするかということで悩んでいるからである。今もそのことばかり考えている。