2023/03/18

昭和十年代 その二

『文学・昭和十年代を聞く』(勁草書房)の「新興芸術派の周辺 阿部知二氏」は、一九七〇年三月十六日の日付がついている。五十三年前のインタビューである。
 阿部知二は一九〇三年六月生まれ。一九七三年四月、六十九歳で亡くなった。今年生誕百二十年、没後五十年になる。
 数社の日本文学全集にも入っている著名な作家で、『白鯨』『宝島』『ホームズ』などの翻訳者としても有名だが、わたしは素通りしてきた。一年ちょっと前に『冬の宿』(P+D BOOKS)を読み、こんなにすごい作品を書く人だったのかと……。一九三六(昭和十一)年の作品だが、人物描写の冷徹さが容赦ない。主人公の下宿先の大家さん一家の生態(妻に暴力をふるいまくり、とにかく金にだらしない)が微細に描かれている。

 それはさておき、阿部知二は昭和十年代についてこんなふうに語っている。

《昭和十年代の前半期にはこの日本でも資本主義というものがかなりな程度成熟していたということがあったのではないでしょうか。もちろん、その資本主義は根本的には矛盾をもっていた弱いもので、性格的にはミリタリズムと絶対君主制がくっついた黒い危険なもので、もちろんそれが本質的な部分であったとすべきでしょう。(中略)しかし、同時に、そこに資本主義的リベラリズムも混じりあっていたのです》

 資本主義の成熟によって教育水準も上がり、文学、思想の読者も増えた。その結果、「文化的リベラリズム」も育った。
 阿部知二も青年期にそうしたモダニズム文学の洗礼をうけ、その思潮に身を置くようになった。

 小林秀雄の誘いで阿部は『文学界』に参加する。

《ぼくは——あるいはぼくたちは、『文学界』の座談会か何かで、昭和十四年か五年ぐらいでも、日本における家族主義といいますか、この島国の中で、よくいえば調和、わるくいえばなれ合いのようなものがある、と話し合ったような記憶もありますが、それは戦争が終るまで「ムード」としてつづいたと思います》

(……続く)