2007/03/06

サライ

 JR総武線(各駅)のホームで先に新宿方面が来たら中野、三鷹方面が来たら阿佐ケ谷に行く。ときどきそんなちょっとした賭けをする。
 高円寺には大きな新刊書店がないので、近くだと阿佐ケ谷の南口すぐの書楽と駅ビル(ダイヤ街)の文公堂書店、あるいは中野のあおい書店とブロードウェイの明屋書店まで行かざるをえない。
 書楽やあおい書店は、新宿の紀伊國屋書店やジュンク堂ほど大きいわけではないが、新刊の文芸書と文庫と新書をチェックしに行く分には十分だ。夜遅くまで営業しているのも助かる。それに新宿とちがって、中野か阿佐ケ谷ならそのあと古本屋をまわる楽しみもある。
 今日は新宿方面の電車が先に来たので中野に行くことにした。
 あおい書店で扶桑社新書を一通り立ち読みし、中野ブロードウェイセンターの三階の明屋書店、まんだらけ、タコシェ、二階の古本屋というお決まりのコースを通って、北口ガード沿いのぽちたま文庫によって、奥の扉でコーヒーを飲んで帰る。
 結局、買ったのは『サライ』の最新号(特集・吉行淳之介)だけ。

 この特集の「発掘! 幻の処女作」は、文字通り、幻の作品(散文詩)が掲載されていた。その題は「星が流れつつある」(一九四四年)。
 吉行淳之介が二十歳のころの作品である。
 旧制静岡高校時代以来の友人が保存していたものだという。
 これだけでも買いだ。写真がたくさんあるのもいい。そしてまたいい写真が多いのだ。幼少のころの写真(エイスケとあぐりと祖母といっしょに写っている)、バーで飲んでいる写真、花札や麻雀をしている写真、愛車のかたわらで安岡章太郎といっしょに撮った写真、山口瞳との対談風景まで……。吉行淳之介のカラーの写真はけっこうめずらしいかもしれない。ファンにとっては永久保存版になるとおもう。「吉行淳之介作品を読む」では、わたしが編集したちくま文庫のエッセイ・コレクションも紹介されていた。

 学生時代、わたしは吉行淳之介の家に行ったことがある。いきなり住所を調べておしかけたのだ。あとにも先にもそんなことをしたのは一度だけだ。
 おもいだした。岡山出身の友人が大手まんじゅうを持ってきて、「これ、吉行淳之介さんの好物なんだよ」といったら、「もう一箱やるから、これ持って会いに行ってこいよ」とけしかけられ、「わかった、今から行ってくる」と二子玉川に向ったのである。

 そして玄関まで行って、「これ、大手まんじゅうです」といって名前もつげずに立ち去った。
 あぶないやつが来たとおもわれたにちがいない。
 しょうがないね。若いってことは。