大統領選後、ドナルド・トランプの勝因を分析するさい、「隠れトランプ」の存在が注目された。
いちおう断っておくが、わたしはトランプ支持者ではない。トランプに賛意を表明すれば、即、差別主義者のレッテルを貼られてしまう。でもトランプとヒラリーの二択だと迷う人は多いだろう。どっちも嫌だ。
ドナルド・トランプ著『トランプ思考 知られざる成功哲学』(月谷真紀訳、PHP研究所、二〇一六年刊)という本がある。この本は二〇一〇年九月に刊行された『明日の成功者たちへ』の改題作——トランプがブログやニュースレターの記事として書いた短文(エッセイ)を集めた本である。
《私はエッセイが好きで、だから短編小説にも、虚構の散文という違いはあれ、なじみがある。作家なら誰でもいうだろうが、短編小説は簡単な表現方法ではない。簡潔でなければならないからだ》(自分自身と自分の仕事に嘘をつくな)
トランプはスティーヴン・キングの発言に注目する。今のアメリカの短編作家の多くは、自分の作品を本にしてくれそうな編集者、出版人をターゲットにしている——とキング氏はいう。
《短編小説が読者の啓発ではなく出版を目的として書かれているようだと気づいたキング氏は、的確な状況分析をしていると思う。いわゆる評論家の歓心を買うつもりで何かをすれば自分を安売りすることになるし、世間をばかにすることにもなる》
また「物事を関連づけて考えられるようになろう」というエッセイでは次のようなことを書いている。
《オルダス・ハクスリーは一九五九年に「統合的な学習」という題名のエッセイを書いているが、その内容は今も古びていない。ハクスリーは知識と思考の間に橋を架ける重要性を訴えた。(中略)橋を架けることによって、自分の関心領域にとりたてて関係がなくても、目を向けてみれば役に立つかもしれないアイデアやテーマを取り入れて関連づけられるようになる》
この考え方自体は広く知られたものだ。でもトランプは、ハクスリーからシェイクスピアの話を絡めて「橋を架ける」ことの大切さを語る。
《ラルフ・ウォルドー・エマーソンが「状況ではなく思いを信じるべき、これは歴史が賢人に与える教訓である」と書いた。問題ではなく目標に意識を集中させなければならない、ということを語った良い言葉である》(勝者は問題を、実力を証明する一つの方法と見る)
トランプは文学だけでなく、アートにも精通している。メディアが伝える人物像とはずいぶんちがう。選挙期間中、暴言をまきちらしていたトランプと著作の中のトランプは別人のようだ。「橋を架けろ」といっていた人物が「壁を作れ」を選挙のスローガンに選んだ。これほどわけがわからない人物は滅多にいない。