2008/03/27

十年前

 はじめてパソコンを買ったのは一九九八年一月。かれこれ十年以上になる。今は五台目。ずっとノート型のMacをつかっている。
 たしか最初のパソコン(PowerBook 2400)を買うために、海老沢泰久さんのインタビューのテープおこしを数十時間分やった。でも海老沢さんとはまったく面識はない。
 先日、昔のフロッピーディスクの整理をしていたら、そのころの日記が見つかった。日記は一ヶ月も続かなかった。

《一月某日 ダニにくわれたのか、からだじゅうが痒い。昼間から酒を飲む。こんなことをしていてはいかん。EGBRIDGEの辞書は、鍛えがいがある。どんどん賢くなってくれ。ユーザー辞書に新語を登録しているうちに、徹夜してしまった。早くパソコンを仕事につかいたい。

一月某日 今日はいろいろ学習した。shift+deleteで普通に削除ができること。コマンド+Aで、全てを選択。これでdeleteを押せば、全文削除になる。またshiftを押しながら、カーソルを左右に動かすと選択できる。今月中にパソコンで仕事がしたい。でもプリンターがないので無理だ。

一月某日 新宿のビッグカメラでプリンターを買った。キヤノンのBJC-420J。次の目標はインターネットだ。早くパソコンで仕事をして元をとりかえしたい。

一月某日 電子メールの設定がすみ、Oに電子メール送る。こんどはネットスケープが使えなくなる。

一月某日 都丸書店に古本を売りに行く。六千円になる。将棋ゲームのソフトがほしくなるがガマンする。今の自分にできることは、アルバイトしかない。ちゃんと働いていれば、きっといいことがある。それから無駄づかいをやめよう。なるべく自炊して、煙草は一日一箱までにする。
 といいながら、夜、大岩で飲む。水割三杯。

一月某日 昼二時に起きて、部屋でゴロゴロして洗濯する。南口の古本屋をまわり、あまから亭で焼きそば。夕方、銭湯に行く。近所の富士旅館で電気スタンドと湯飲みを拾う。
 最近、恥ずかしがり病にかかっている。
 夜、テープおこしの仕事。テープおこしをするためにパソコンを買ったつもりはない。

一月某日 隣室の住人から「うるさい」と苦情。毎晩、壁を叩いてくる。引っ越したい。敷金礼金1・1で駅から五分内、風呂はなくてもいい。古くてもいい。でも貯金がない。自分の生活を守るには金がいる。
 夜、肉豆腐作る。これで二日くらいは乗りきりたい》

……うーん、無内容だ。読んでいて情けなくなる。ほんとうに来る日も来る日もテープおこしばかりしていた(テープおこしの仕事は一年くらい前までしていた。いちばん最後のテープおこしは、五×寛之の仏教関係の話だったとおもう)。パソコンを買えば、ひょっとしたらすぐ原稿の依頼がまいこんでくるのではないかとおもったのだが、そんなことはなかった。ここには書いていないが、当時、金もないのに週三日くらい漫画喫茶に通っていた気がする。銭湯は週一回くらい。ほかの日はアルバイト先で風呂に入っていた。

 それにしても恥ずかしがり病って。

(……以下、「活字と自活」に解題、大幅加筆し、『活字と自活』本の雑誌社所収)

2008/03/26

あすなひろしが文庫に

 火曜日、洗濯、掃除、買物(OKストア)をすませ、夕方、杉並区役所に滞納していた区民税を払いに行くついでに阿佐ケ谷の新刊書店で、仕事の資料の雑誌を探すが見つからない。
 そのまま中野まで行く。
 阿佐ケ谷から中野まで自転車だとあっという間だ。
 探していた雑誌は、あおい書店にはなかった。でも三十分以上店内であれこれ立ち読み(あいかわらず新刊書の並べ方が素晴らしい)してから、はなまるうどんで食事(かけ小、唐揚、カボチャの天ぷら)。
 ブロードウェイ三階の明屋書店に、目当ての雑誌はあった。
 あおい書店と明屋書店が高円寺にあれば、といつもおもう。はなまるうどんも。

 そのあとタコシェに寄る。古本を五冊と『いましろたかし傑作短編集』(ビームスコミックス文庫)を買う。中身は『いましろたかし傑作短編集クール井上』(エンターブレイン)と同じ。上京して風呂なしアパート暮らしのころ、いましろたかしにハマった。とくに『ハーツ&マインズ』(集英社)所収の「ジャスティⅡ 山下兄弟怒りのまんが道」は傑作だとおもう。

 それにしてもビームスコミック文庫のラインナップはすごい。あすなひろしの『青い空を、白い雲がかけてった 完全版』(上・下)、『林檎も匂わない』、『いつも春のよう 増補版』もはいっている。
 あすなひろし作品は一通り持っているのだが、『いつも春のよう 増補版』はほしいなあ。再編集版では「ゆめの終わり」「ながれうた」が追加収録されているそうだ。

 『いつも春のよう』の収録作では、「ラメのスウちゃん」が好きで、読むたびに涙腺がやられる。

《国電を降りて
 三つめの路地を
 曲がったところに
 赤ちょうちん「安芸」がある》

 この店では「ラメのスウちゃん」という中年のおばちゃんが働いている。そのスウちゃんが「若くて きれい……な頃」の遠い昔の恋が描かれているのだけど、あとは読んでください。ふだん漫画を読まない人にこそ、読んでほしい。

 山川直人の『コーヒーもう一杯』(エンターブレイン)の四巻も出てた。この巻の「本を読む男」、積まれた本の中に色川武大の「あの本」や菅原克己や木山捷平の詩集がさりげなく描かれている。

 そのあとブロードウェイ二階の古書だるまやで、三好豊一郎『内部の錘 近代詩人論』(小沢書店)、小島政次郎『明治の人間』(鶴書房)など。古書だるまや、店は大きくないけど、かならず何か買ってしまう。
 
 三好豊一郎の本は、黒田三郎資料——。
 黒田三郎のことを同じく「荒地」のメンバーだった三好豊一郎が記しているのだが、抑えた筆致にすごみがある。

《わかっているのは、黒田の飲酒と並外れた酔態であるが、黒田は随分睡眠薬の世話になってその服役状況も光子さんが心配するほどだったから、飲酒も味覚のみでなく、酔わずにいられない衝迫を、心のどこかにいつも感じていたのだろう》(「荻窪清風荘時代の黒田三郎」)

 また詩が読みたくなってきた。

2008/03/25

酩酊読書

 先日、疲れていたのは、からだの調子があんまりよくないのに飲みすぎたせいだ。胸の右側が痛くなる。心臓は左だから大丈夫かな、とおもうが、ちょっと心配だ。

 土曜日、神保町、ヒナタ屋の石田千さんと『彷書月刊』の田村治芳さんのトークショーに行って、ひさしぶりに元書肆アクセスの畠中理恵子さんに会い、いきなり「ごめんなさいね」と謝られてしまったのだが、畠中さんにはお世話になりっぱなしで、なんで謝まるのかまったくわからなかった。そういえば、畠中さんはときどきわけがわからないことをいう人であることをおもいだして、懐かしかった。
           *
 先日、古本労働者のTさんが「俺は、三日酒を飲まなかったからアル中ではない」といっていた。それで三日くらいわたしもやめてみようかなとおもっていたのだが、その決意は十六時間しか続かなかった。
 Tさんとは「仕事中に酒を飲むようになったら危ない」という意見で一致した。

 家で仕事しているから、いつでも飲もうとおもえば、飲める。ウィスキーをちびちびなめるくらいなら、大丈夫だろうとおもって書くと、酔っぱらって、やたら文章がくどくなり、あとで読み返すとめちゃくちゃだったりするので、お金をもらっている原稿を書くときは飲まないように気をつけている。

 いつもはうちでも外でもサントリーの角の水割を飲む。でも今なぜか家にジョニ黒がある。買ったおぼえがないから、誰かのお土産(※)だとおもうが、もしかしたらこの酒はかなりうまいかもしれない。でも「オレが好きなのは角だ」と自分にいい聞かせる。

 自分の好きな酒をけなされると腹が立つのはなぜだろう。大昔の話だが、「角が好きだ」といったら、「あんな酒、よく飲めるねえ」みたいなことをいわれて、大喧嘩をしてしまったことがある。
 ただの好みだろ。好みでいえば、わたしもビールが飲めない。だからといって、ビールを飲む人に「あんな酒」とはいわない。
 こんなことは当たり前だとおもっていたが、案外そうじゃない人が多くてときどきビックリする。

 すこし前に、神田伯剌西爾の竹内さんに、わたしは家でインスタントコーヒーをアイスコーヒーにして(約一リットル)、冷蔵庫に常備しているという話をした。すると竹内さんは、「インスタントはフリーズドライなんたらで作っているから、おいしいんですよ」といって、さらにインスタントコーヒーをうまくする方法を教えてくれた。
 ちょっと濃い目に作って氷をぶちこんで、すぐ冷やすといいそうだ。

 鮎川信夫は、酒が飲めず、コカコーラを飲んでいたと、昔、ゴールデン街のなべさんに教えてもらったことがある。
 わたしはコカコーラが飲めない。
 それはともかく、好きな作家よりも好きな詩人がけなされると、カチンとくる。自分のことをけなされるよりも腹が立つ。なんなんだろうね、この心理は。

 意味もなくだらだらと書いているのは、酔っぱらいながら中村光夫の『文學の回帰』の中の武田泰淳の『森と湖のまつり』について論評を読んでいたら、こんな文章があって、考えこんでしまったのだ。

《氏の小説は、ほめるわけには行かないし、しかも言いたいことは澤山あるので、自然惡口を並べることになるのですが、世間には惡口さえ言いたくない小説がたくさんあります》(「森と湖のまつり」)

 中村光夫は一九一一年二月五日、武田泰淳は一九一二年二月十二日生まれで、一つちがい。ほぼ同世代の人間である。わたしは『森と湖のまつり』は、傑作だとおもっているのだが、今、行方不明になっている。たぶん、文庫を二冊持っているはずなのだが、見当たらない。
 「この小説で、作者が本當に額に汗してとりくんでいる問題はただひとつしかないので、それは藝術家の現代社會における存在理由です」という批評は、わたしも同感だ。
 しかし中村光夫は「私小説の直接の延長の上」で書かれたことが気にくわない。

《この「藝術家」を主人公とした小説に、作者の制作の生理が少しも告白されていなかったら、すべては空しい假面にすぎません》

 それゆえ、この作品を「傑作」のように騒ぐのは、日本の文学あるいは作者の才能にたいする「侮辱」であり、このていどで「いい氣になられては困る」というのだ。
 そして中村光夫の次の言葉にくらっときた。

《僕は利口すぎる人間は自信がないという俗説は信じません。自信を持たない、少なくとも持とうと本氣で努力しない人間の利口さにはどこか缺けたところがあるのです。自信のないことを、自分が利口な證拠と思っている人間の自己満足くらい不潔なものはありません》

 自信とは「自分が何をしているかはっきり知ること」だという。

 わたしは酔っぱらいながら、自分が何をしているか知ろうとした。
 酒を飲みながら、文章を書いている。こんなことをやっていてはいけないとおもった。

(※)某酒乱が我が家で暴れたおわびに置いていったようだ。

2008/03/24

廃物

 日曜日、一日中寝ていた。背中がだるくて、すこし熱っぽかった。
 ずっと寝ていたら、すっきりした。
 全力で休まないと、気力と体力が戻らないからだになってしまった。
 ひとつのテーマを追うことが、しんどくなっている。昔は努力なんかしなくても、追いかけ続けることができた。本を読みはじめたら止まらなくなり、仕事が手につかなくなった。
 今はわざと自分を追い込まないと、そんなふうにはならない。

 『現代作家論』の「作家論について」で中村光夫は、「孫みたいな作家の書いた小説にまともにぶつかる情熱は誰にでも与えられる天分ではないし、時代のジャーナリズムに興味を失った批評家とは、自分の存在理由を否定した廃物にすぎないのです」と愚痴をこぼしている。

 ここのところずっと持続の問題のことを考えていた。
 日々の暮らし、あるいは仕事は、効率よくやっていくと楽なのだが、それだけではだめだろうなとおもう。
 面倒くさいこと、ややこしいこと、自分の中ではっきりとした答えの出ないものに取り組んでいかないと力がつかない。
 暇ができたら、といっているうちに、時間はすぎてしまう。

 ところで、『現代作家論』の翌年に出た『文學の回帰』(筑摩書房、一九五九年刊)の「ふたたび政治小説を」の出だしは、こんな文章からはじまる。

《文藝評論はこのごろ書きにくくなりました。僕が小説を頭から眞にうける年齢を少しすぎてしまったせいかも知れませんが、それだけはありません》

 中村光夫によれば、マスコミの発達によって、作家は読者に仕える奴隷になった。読者からの作家を高める声も聞こえなくなった。中村光夫は「文學者はいても文學はない時代」だと指摘する。
 そして現代作家は、ほんとうは書きたいことがないのに、注文があるから無理して書いている、自分のテーマを追求している作家は例外だという。

《今日さかんに仕事をしている作家に、文學を信じているかと問いかけたら、まともに返事する人はほとんどいないでしょう。こんな質問が愚問に聞こえるのが現代です》(「ふたたび政治小説を」/『文學への回帰』筑摩書房、一九五九年刊)

 わたしはというと、文学を信じていた、と過去形にしてしまいたくはないが、「頭から眞にうける年齢」ではなくなりつつある。
 もう小説を読んだくらいでは、人生観が変わったりはしない。とはいえ、自分の考え方は、これまで読んできた文学からものすごく影響を受けているのも事実である。
 適当なところで世の中と折り合って、毎日楽しく暮らしていけたら、それでいいんじゃないかとおもう。
 楽しく暮らしていても、からだや心が弱ることもあるわけで、そんなときだけ文学の力を借りている。
 小説やエッセイや漫画を読んで「頭から眞にうける」ことはすくなくなったが、それでもときどき、後頭部のあたりがピリピリしびれたりすることがある。詩を読んだり、音楽を聴いたりしていて、ぞくぞくすることもある。

 こういうのは琴線にふれるというのかな。でも、気まぐれだからな、琴線は。

 ここまで書いて、時計を見たら朝五時。資源ゴミを出しに行くと、雨が降っていた。道で百円玉を拾い、そのままセブンイレブンに行ったら、おむすび百円のフェア中だった。おなかが空いていたわけではないが、直巻きおむすびの鮭いくらを買った。

2008/03/22

負け酒

 池袋往来座「外市」の売り上げ対決でわめぞ絵姫の武藤さんに負けて、石田千さんの『山のぼりおり』(山と溪谷社)の刊行記念トークショーのとき、古本酒場コクテイルで飲み放題ということになった。コクテイルなら、五千円くらいにしかならんだろうとタカを括っていた。トリス一杯二百五十円、料理もほとんど五百円以下。客のほうが心配して「値上げしたら」と気をつかうような店なのだ。
 ところが、チョモランマじゃなかった、ムトー画伯の飲み代は九九〇〇円。今年十年目を迎えるコクテイルにおける、ひとりのお客さんの飲み代としては空前の記録だという。

 『山のぼりおり』は、飲み仲間の好青年、五十嵐雅人さんの単行本初仕事。著者も編集者もカメラマン(坂本真典さん)も、みんなからだを張って、汗を流して、寒さにふるえて、共同作業で作った。装丁は緒方修一さん。

 わたしも山のぼりをすすめられたのだが、人一倍寒さに弱いので無理かも。でも富士山の山小屋の主人がいった「へとへとになったときに、見つかる答えというのがあるんです。登山は、じっくりと考えたり発見したりするいい機会なんです」という言葉には、かなり魅かれるものがあった。
 あと山で食うラムネ(駄菓子)は、うまいそうだ。お試しあれ。

 山と溪谷社のホームページにイベント三連発&三月二十七日(木)の「石田千×佐々木美穂さんトークショー」の告知が出ています。
※http://www.yamakei.co.jp/event/event080320.html

 それから四月九日(水)〜二十日(日)に大阪の「いとへん Books Gallery Coffee」で開催の「日曜おんな 武藤良子展」の告知も。
※http://www.skky.info/itohen/gallery/mutoh.html

               *

 翌日、仕事の帰りに早稲田で途中下車、古書現世に寄って、わめぞ絵姫の食いっぷりの件で向井さんに愚痴をこぼす。
 本を数冊買う。そのうちの一冊は、中村光夫の『現代作家論』(新潮社、一九五八年刊)。
 ちょうど『想像力について』(一九六〇年刊)のすこし前の本を読みたいとおもっていたところだった。
「書き込みがあるからこれはいいですよ」とおまけしてもらう。そういえば、わたしが持っている中村光夫の本は線引き本が高い。

 さっそく高田馬場の行きつけの喫茶店のエスペラントで読む。
 『現代作家論』の「作家論について」は、まさに「ここいうのが、読みたかったんだよ」とおもっていた文章だった。

《四十歳が批評家にとって大きな迷いの齢であることはたしかなようです。青年時代は僕等はひとからあたえられてすますことができるが、老年は自分でつくらねばなりません。この移りかわわりの時期に、批評家の経る危機が他の文学者より深刻なのは、元来が他人のことをあげつらうのが商売である僕等が、いやでも自分というものにぶつかり、それを処理することが迫られるからです》

 わたしは今年三十九歳、来年四十歳になる。正直、今までの仕事の仕方(本を読んで文章を書く)に、迷いが出てきている。できれば本に頼らず、もっと自分の言葉で書きたいとおもうようになったきた。
 中村光夫を読みはじめたとき、なにかそのためのヒントがあるかもしれないという予感があった。
 ただ、あまりの知識、教養にひるんだ。なかなか性格もつかめず、読めば読むほど、遠い人におもえた。

《やりきれなくなるのは、日々需要があるがままに書いている時評、解説などの雑文がはたして自分の仕事といえるかどうか、いかに生活のためでもそういうことに残り少い生涯の時間を費やしてよいものか、二葉亭の言葉をもじって云えば、「文芸批評は男子一生の事業なりや」という疑問が心を曇らしがちなのは、どの職業にもある中途の迷いというものなのでしょうか》(「作家論について」)

 中途の迷い。おもいあたることがありすぎる。
 山に登って、人生を考え直したい。

2008/03/21

中村光夫と尾崎一雄

 『想像力について』は、中村光夫が四十代後半、まもなく五十歳になるというころに書かれた。
 中村光夫は、逍遥、藤村以来の日本の近代文学の性質を根本から考えなおそうという試みていた。

《日本の近代文学も、その結果だけを見た人が単純に考えるように、今日僕等の眼前にある姿が予定されていたわけではない、それぞれの時代に多くの人々がおのおのの可能性を夢見、現実と闘った結果が、今日の軌道を描いているにすぎない。その発展を社会史的に必然とする見方はむろん成立つけれど、その必然は多くの可能性の犠牲の上に、始めて実現されたものだ、ちょうど個人の一生が現実に辿った行路は彼が他の可能性を捨てた結果であるように》(批評の使命)

 それからしばらくして、中村光夫は小説を書きはじめる。自分が捨てた「他の可能性」を試したかったのかもしれない。
 何かを選択すれば、何かを失う。失った可能性のことを忘れながら、生きているようなものだ。
 選択によって、自分のおもいどおりの人生を作るのは、むずかしい。
 才能とは、適切な選択、決断ができることかもしれない。その選択か正しいかどうかは、すぐにはわからない。
 軽はずみや勘違いの選択、あるいは人にいわれるがままの選択であっても、選んだことには変わりない。

 文学にかぎらず、何かしようとおもってはじめる。あとはそれが続くかどうか。
 いろいろな可能性を試したい気持もあるが、そうすると、今度はなにもかも中途半端になってしまうのではないかと不安になる。

 中村光夫が「文学と世代」で、長生きしてりっぱな仕事をした人の「思想」と「信念」の話も、結局、持続の問題とつながってくる。

《自分が自分であるという気持、これは別にエゴイズムでも傲慢でもなくって、ほんとうのところ、そうなんだから仕方がないという気持、そういうものを持つことが必要じゃないかと思うのであります》

 五十歳を前にして、中村光夫は、若いころは無限に何でもできそうだとおもっていたが、もはや「偉大な芸術作品」みたいなものを残すことはできないとかんじている。それでも「自分が自分である」という信念を持とうとする。
 この文章を読んで、「尾崎一雄の私小説みたいだな」とおもった。

《「こんなことをして小説を書いたとて、それが一体何だ」そう思うと、反射的に「いや、俺はそうでなければいけないんだ」と突き上げてくるものがある》(尾崎一雄『暢気眼鏡』新潮文庫)
               *
 「思想」と「信念」のことを考えつつ、尾崎一雄の随筆をパラパラ読みはじめる。

 『わが生活わが文學』(池田書店、一九五五年刊)に「気の弱さ、強さ」という随筆がある。

 尾崎一雄の縁類の画家にSというそろそろ四十になろうという男がいる。このごろ、仕事がうまくいかないと悩んでいる。Sは素直な男だ。尾崎一雄は、Sの気立てのよさに好感をもっているのだが、その性格が仕事上のわざわいにもなっているのではないかと考える。

《Sは、友人や先輩に自分の仕事を批評されると、それをそのまま受入れる。批評は、ほめられるよりも、くさされる方が多いらしい。くさされると、Sは、なるほどと思ひ、その点を直さうとする。それまでの自分の方針を否定して、やり直したりする。
 私は、そんなことをしてゐたら、キリが無いんぢゃないのか、と考へる。批評する人は一人ではない。いろんな人にいろんなことを云はれ、それをいちいち、もつともだ、と思つて、相手の批評、あるひは忠告通り、自分の仕事を直さうとしてゐたら、結局何もできなくなつてしまふではないか——とさういふことをSに云つてやつた》

 そしてSは「なるほどさうですね」とうなづく。そうやってすぐ人のいうことにうなづいてしまうことが問題なのだから、すこしは抗弁したらどうなんだ、と尾崎一雄は歯がゆくおもう。

《独自の作風を打ち出した作家は、他人の云ふことなど気にしない、あるひは鼻であしらふ一面を有つてゐると思ふ》

 これもまた中村光夫の「自分にとにかく絶対のもの、何がきてもびくともしないだけのもの」をつかまなきゃいけないという話とつながる。

 頑固に自分を貫けばいいという話ではない。忠告を受け入れるにせよ、ただただ素直にそれを聞くのではなく、抵抗すべきところは抵抗しながら自問自答し、ほんとうに納得のいった意見だけを「選択」する必要がある。

……もうすこしこの話は続けたいのだが、疲れたので寝る。 

2008/03/19

りっぱな仕事

 中村光夫の『想像力について』は、考える材料の宝庫のような本だと書いた。ただ、この本におさめらた文章の多くは、ある人物による批判への反論の形で書かれたものなのだが、わたしはあえて論争の要素を無視して読んだ。今、自分の考えたいことを考えるのに、この論争の部分はちょっと邪魔だったのだ。

 この本の巻頭の「文学と世代」は、世代論からはじまる。ある時代にすぐれた仕事をした作家は、かならず次の世代に批判される。だからといって前の世代がくだらないとはかぎらない。
 また文学の歴史を見ると、子どもが親の世代を不当なくらい批判するが、孫は祖父の時代を賛美する傾向があるらしい。
 中村光夫はあるていどの齢になって、自分の限界、自分の命の短さを意識するようになってから、いろいろなことがわかってきたという。

 人生をどうやったら一番りっぱに生きられるかということには「現代もヘチマも」ない、われわれにとっての真剣な問題だと述べ、それから「長生きしてりっぱな仕事をしてきた人」のことを分析しはじめる。

《長生きしてりっぱな仕事をしてきた作家は、必ず何度も何度も、いわば世間から生き埋めにされたような目にあって、その生き埋めの運命に堪えてまた復活しています》

 この「生き埋め」という言葉は、森鷗外が二葉亭四迷の追悼文でつかっていたのだそうだ。
 鷗外も、文壇から疎外されていた時期があった。永井荷風もそうだった。
 武者小路実篤も昭和の初め「非常にひどい生き埋め」にあった。
 新しい村の運動が失敗し、人道主義は古いといわれ、かつては拝むようにして武者小路実篤の原稿をもらっていた出版社が、原稿を持ち込んでも載せなくなった。
 それで武者小路実篤は、大衆雑誌に二宮尊徳や孔子の伝記などを書く。それからまた復活した。

《こういうふうに、生き埋めという運命に堪えるということをやった人、これをやるだけの何か自分の身についた思想というものをつかんだ人、こういう人たちがほんとうに意味のある仕事を、明治以来の文学で残してきた。さっき私が言いました自分にとにかく絶対のもの、何がきてもびくともしないだけのものを、自分の生活に関しては、つかまなきゃいけないが、それと同時に、この生活、こういう自分の信念が、必ずしも世の中に受け容れられるとは限らない、だから他人がどう考えるということは、自分にはどうにもできないことだから、それに対しては寛容になろう、その代り自分の信念は動かすまい、こういうふうに、今あげたような作家はみんな考えていたと思うのです》

 生き埋めだけでなく、生前はずっと評価されず、没後何年も経ってから復活する作家もいる。やっぱりそれも「これをやるだけに何か自分の身についた思想」をもっていた人なのだとおもう。
 ではそうした「思想」や「信念」は、どうやって身につけたのか。
 それが知りたい。その中身も知りたい。中村光夫はそういうことをあんまり説明しない。
 自分で考えるしかない。わたしが身につけたもの、動かすまいとおもっているものは何だろう。
 ひとつは仕事がいやになるような仕事はしないということである。
 いやな仕事をしないというのは、なかなかむずかしいのだが、結局、そういう仕事は続けられない。どうすれば、仕事がいやにならないか。
 希望をいえば、休み休み、充電しながら、仕事を続けたい。古本屋通いができないほど忙しくなると、ほんとうに仕事がいやになる。
 何があっても本を読む時間と睡眠時間は確保する。あと家事を手ぬきしない。
 いろいろ考えているうちに、「思想」や「信念」よりも「生活」や「寛容」という言葉のほうが大事なような気がしてきた。

 中村光夫の結論らしきものとは、違うのだが、それはいずれまたの機会に。

2008/03/18

ないものねだり

 仕事が忙しかったり、気力が萎えていたりして、しばらく中断していたが、またぼちぼち中村光夫を読みはじめる。すこし前に『想像力について』(新潮社、一九六〇年刊)を読んだのだが、今の自分にとって考える材料の宝庫のような本だった。おかげで考えがとっちらかってしまった。
 この本の中で、中村光夫は「ないものねだり」が批評の本質だと述べている。

《文学もまた——すべての芸術と同様——「ないものねだり」から始まるのですが、そのねだる対象は、詩、小説、批評でそれぞれちがいます》(批評の使命)

 作家は現実にないものを「ねだる」が、批評家は文学にないものを「ねだる」のだそうだ。
 時とともに、これまでの文学になかったものは次々と書かれる。それでも書かれていないものがある。じゃあ、それを探すことが批評なのか。それを書くことが文学なのか。

 すこし前に「欲」のことを書いたが、そういう意味では、十代二十代のころと比べて、わたしは「ないものねだり」をしなくなってきた。充たされた生活とはいえないが、仕事がなくて食うや食わずという状況ではない。あといろいろ諦め癖がついてしまった。
 「ないものねだり」も書くと、けっこう気がすんでしまう。しかし、書いても書いても、しっくりこない、言い尽くせないものも残る。それと同時に新しい「ないものねだり」が出てくる。

 自分の中で、本を読みながら、十代二十代のころのような読書の感激を味わいたいというのも「ないものねだり」だろう。自分の考えや感じ方が、一冊の本を読んで変化する。年々そういう読書は、減るいっぽうだ。活字への飢えそのものがなくなってくる。それでますます「ないものねだり」の難易度が上がる。ちょっとやそっとの名作では満足できなくなる。

 わたしが田舎から上京した理由も「ないものねだり」という言葉で説明できてしまう。
 田舎にはない大きな書店や古本屋のある町に住みたかった。「文学にないもの」というより、都会にあって田舎にないものをねだっていたわけだ。
 それから二十年近く東京で暮らすようになって、こんどは都会にないものに憧れる。
 失業中は仕事がほしいとおもい、仕事が忙しくなると、休みがほしくなる。
 キリがない。

2008/03/17

西荻窪

 日曜日、昼起きて、西荻窪の昼本市に行く。最初、自転車で行くつもりだったが、たぶん飲むから、帰りが面倒だとおもい、電車で行く。
 わめぞ絵姫と退屈君が並んで本を売っている。さっと一巡して、音羽館に行こうとしたところ、岡崎武志さん、Y&Nさん、元八重洲古書館のKさんらと遭遇し、物豆奇でコーヒーを飲む。けっこう長く喋った。
 西八王子にできた古本屋の話、老後の話、岡崎さんの文章が高校の入試問題になった話、Kさんの就職先の話などなど。
 コーヒー代をはらったとき、財布に千円ちょっとしか金が入っていないことに気づく。
 郵便局に行って、そのあとラーメンを食ったら急に眠くなり、午後四時前に帰宅し、午後十時すぎまで寝る。
 寝すぎた。
 

2008/03/14

告知あれこれ

 『spin 03 佐野繁次郎装幀図録』(みずのわ出版)と『足穂拾遺物語』(高橋信行・編、青土社)と石田千著『山のぼりおり』(山と溪谷社)が届く。
 うーん、こんなに読みたいものがいちどに来るなんて。

 石田千さんとは、今月二十日(木)に刊行記念のトークショーを高円寺の古本酒場コクテイルでします。予約状況はどうなんでしょう。終わったあとも、しばらく飲んでいるので、近くの方はぜひ。

 『山のぼりおり』はインターネットを駆使して、登ったことのない山(富士山以外、全部)を見たり、わからない花やキノコの名前(ホソバウルップソウ、アメリカウラベニイロガワリ……)を調べながら読んだ。こういう読書もおもしろい。おすすめかも。

 『足穂拾遺物語』は、前に「いつ刊行になるかわからない」と書いてしまったのだが、予定通り出ました。頁なかほどの「初出媒体書影集」を見て、ため息。
 扉野良人さんから、刊行記念イベントの案内メールが届いたので、転載します。

■■『足穂拾遺物語』ライヴ・ツアー in KIOTO
出演=高橋信行、高橋孝次、羽良多平吉、郡淳一郎、木村カナ、扉野良人
2008/3/17(月)/開場=18:00/開演=19:00
予約=1,500円+1drink/当日=2,000円+1drink
会場=UrBANGUILD アバンギルド(http: //urbanguild.net/)
京都市中京区木屋町三条下がるニュー京都ビル3F
(京阪三条から西へ進み木屋町通りを南に約150M)
予約=UrBANGUILD LIVE予約(http://urbanguild.net/live/live.frame.html)
主催=knothole

■■同時多発開催
『足穂拾遺物語』刊行を記念して、ガケ書房、恵文社一乗寺店で、稲垣足穂アート&ブック・フェアを同時開催します。

■ガケ書房PRESENTS
稲垣足穂になるのです
3月15日(土)〜3月31日(月)
http://www.h7.dion.ne.jp/~gakegake/index.htm

(出品作家)
松江直樹=足穂の埴輪
滝町昌寛=足穂マッチ
吉田稔美=足穂ピープショー
細馬宏通=立体写真に関する小冊子
雨林舎=チョコレート碑
SPORE木戸=きのこ覗きスコープ

■恵文社一乗寺店PRESENTS
TAROUPHO LIVRE FRAGMENT
3月13日(木)〜4月8日(火)
http://www.keibunsha-books.com/

(出品作家)
戸田勝久=立体作品
鳩山郁子=グリーティング・カード、イラスト・ボード
書肆ユリイカ版『稲垣足穂全集』7冊揃
etc.

 『spin 03』は、今回カラー頁も。佐野繁次郎の図録は圧巻の一言。さらにこの号は、昨年、神戸の海文堂書店で行われた畠中理恵子さん、近代ナリコさんの対談(「本と女の子の本音?」書肆アクセス閉店をめぐって)も。
 北村知之さんの「エエジャナイカ3」、点滴をうちながら、ニック・ホーンビィの『ハイフィデリティ』を読むくだりがたまらん。
 この小説、わたしの愛読書でもある。レコードマニアの話。古本好きが読んでも、きっと身につまされるとおもう。映画もみたけど、あれはやっぱり舞台はアメリカじゃなくてイギリスじゃないと。

 これから確定申告。年にいちど電卓をつかう日。

2008/03/13

薄花葉っぱとオクノさん

 昨晩、MANDARA2の薄花葉っぱとオクノ修さんのライブを見る。京都の六曜社には高校生のころから二十年くらいコーヒーを飲みに行っているのだが、オクノさんの弾語りを見るのは、はじめてだった。上京以来、いろいろライブを見ているけど、こんなにいい音が聴ける機会はそうはない。薄花葉っぱ、曲がはじまって終わるまでのあいだに客席の温度がどんどん上がってゆく。オクノさんは、曲全体、さらに無作為にどこを切り取っても「オクノさんの世界」になっている。もはや名人の域。
 ほんとうにいいライブだった。

 ライブのあと、ブックオフとバサラブックスに寄る。
 家に帰ると電話。高円寺のガード下の居酒屋で打ち上げをしているというのでまぜてもらう。二十代前半から五十代後半くらいまでのミュージシャン同士のやりとりがおもしろくて見入ってしまった。わたしの隣には、鈴木常吉さんがいて「食えねえ、食えねえっていってんだったら、バイトすりゃいいんだ」と熱く語っている。その横で「かんからそんぐ 添田唖蝉坊・知道をうたう」(メタカンパニー)の岡大介さんがせっせとみんなの分の焼酎を作っている。
 岡さんにバサラブックスをすすめたら(バイトじゃなくて、CDの営業です。念のため)、コクテイルの狩野さんにも同じことをいわれたらしい。

 午前三時くらいまで飲む。
 中央線冥利の夜だなあ。タクシーで方々に帰ってゆく人を見送る。
 両手をふる。
 駅前のセブンイレブンで酔いさましの豚汁を買って帰る。

2008/03/10

やれやれ

 ふらふらと自転車で高円寺の北口をまわる。金曜日に続いて、また西部古書会館の古書展に行く。初日は三百円以下の本を買いすぎて疲れてしまった。最終日の日曜日に、買おうかどうか迷っていたちょっと高い(といっても千円くらい)の本を買った。

 その本は山口剛著『紙魚文学』(三省堂、一九三二年刊)である。尾崎一雄の先生ですね。買った理由はそれだけ。『虫のいろいろ』に「山口剛先生」という短篇がはいっている。放蕩していたころの尾崎一雄のことを「ヤケくそはいけないよ、卑怯だからね」とやんわりたしなめた先生だ。

 ずっと食えなかったころ、わたしは尾崎一雄を読んで生活を立て直そうとおもった。
 文学にはそういう力がある。どうしたらいいのか、わからないときに、真剣に本を読むと、かならず、そのとき自分が必要としている言葉が見つかる。
 ここのところ、そういう信念が弱っていた。おもしろい本がないのではなく、切実に読んでいなかっただけなのだ。ただ、目で活字を追っているだけでは素通りしてしまう言葉をつかまえる。つかまえてはじめて、その言葉に作者のおもいがつまっていることがわかる。

 最近そういう本の読み方をしてない。

 さっき買物していたとき、道に自転車を止めていたら「ここに自転車を置くな。撤去するぞ」とおじいさんに怒鳴られる。焼鳥を買うほんのちょっとのあいだ、自転車を止めていただけで、そんなに怒鳴らなくてもなあとおもう。怒鳴った相手は店の人ではなく、ただの通行人だった。釈然としない。
なるべく人を怒らせるようなことはしないよう、気をつけているつもりなのだが、それでもたまにこういうことがある。慣れていないので、けっこう後を引く。だんだん腹が立ってくる。もやもやする。
 こんなことを一々気にしていたら、身がもたない。忘れるにかぎる。

……掃除しよっと。

2008/03/08

背を向けて去る

 この間いろいろごちゃごちゃ考えていて、つまり、なんというか、小さな欲しかないと、何かをなしとげようという意欲があまり出ないと。たとえば、家でごろごろしながら、中古レコードを聴いて、古本を読んで、酒を飲んでといれば、満足だという人間がいたとする。しかしそういう生活を続けていると、向上心がだんだんなくなってきて、このままでいいやとおもえてくる。
 それでも別にいいではないかとおもいつつ、このかんじでこのままいくと、何にもしたくなくってしまいそうになる。新しいものに興味がもてず、昔の本やレコードをくりかえし読んだり、聴いたりしていれば、充分なわけだ。すでにそうなりつつある、なっているかもしれない。

 自分のことだけでなく、世の中にたいしても、これ以上、便利にならなくてもいいやとおもう。これ以上、豊かにならなくてもいいじゃないかともおもう。スローライフというより、たんに面倒くせえという気分に近い。

(……以下、『活字と自活』本の雑誌社所収)

2008/03/04

何したかったか忘れた

 飲みすぎた。からだがだるい。午後三時くらいまで布団の中。本を読んだり、二度寝したり、ぐだぐだすごす。止まっている。何の進歩もない。どうにかしたい。最近、壁にぶつかっている。二十代の後半のときもそうだった。またかってかんじだ。

 気をとりなおして夕方自転車で中野に行く。青梅街道を新宿方面、鍋屋横丁の四国屋を目ざす。前は高円寺の南口にもあったうどん屋で、週一ペースで通っていたのだが、昨年閉店してしまった。わざわざうどんを食うために遠出をするのもなんなのだが、自転車もあるし、行くことにしたわけだ。中野本町四丁目の店のほうは、ちょうど準備中。あきらめてはなまるうどんに行こうとしたところ、中野本町五丁目にもう一軒、四国屋があった。おお、とおもって店に入ると、たけるのママがカウンターにいるではないか。
 たぬきうどんを注文。四ヶ月ぶりの味に感激する。

 食後、中野の神田川沿いをサイクリング。なんとなく高級住宅地の雰囲気だ。はじめてきたかもしれない。
 そのうち道に迷って東中野のほうに出てしまった。新宿の高層ビルがすごく近く見える。

 帰りに中野ブロードウェイに寄ろうとおもっていたのだが、せっかく自転車に乗っているのだからと、ブックオフの中野早稲田通店に行ってみる。ここは都内ブックオフの中では名店という噂(もちろん、古本好きのあいだで)なのだが、駅からちょっと遠くて、なかなか行けない。気がついたら三千円以上本を買ってしまった。仕事をしたような気分だ。
 それからブロードウェイ。三階のタコシェで古本を数冊、すぐ隣の中古CD屋で紙ジャケ盤を新譜で買ったにもかかわらず、中身をなくしてしまったハース・マルティネスの『ハース・フロム・アース』を買う。ずっと買い直そうとおもっていたのだが、なかなか中古では売っていなかったのである。

 家に帰ると午後七時。かなり気分がすっきりしている。
 とはいえ、もっと有意義な時間やお金のつかい方があるのではないかという疑問は常にある。
 人間も社会も進歩していくという幻想の世紀に生まれてしまったせいかもしれない、と話を大きくしてうやむやにしてしまうのはよくない気がする。
 たんに自分が低迷しているだけなのか、世の中も停滞しているのか、わからなくなる。

 三十八歳のフリーライターに残されている未開拓の領域というのはどこにあるのか。そんなことばかり考えている。この考えをすすめていくと、すき間狙いの発想しか出てこない。
 早く答えを出して、先に進みたい。

2008/03/03

自転車に乗って

 「外市」終了。売り上げはわめぞ絵姫の武藤さんに完敗。古本酒場コクテイルで、好きなだけ飲み食いしてもらうことに。うう。

 外市マネーをにぎりしめ、近所のオリンピックに行き、六段変速の大きな前かごのついたダークグリーンの自転車を買った。さっそく試運転。商店街を北に早稲田通り、それから阿佐ケ谷に向う。
 阿佐ケ谷までは電車で一駅、歩くと十五分くらい。自転車なら五分だ。
 一月、二月、家にこもっている時間が長かったので、足が弱っている。わざと運動をせず、からだを鈍らせて、三月からちょっとずつ筋力をつけてゆく作戦だ。すでに階段ののぼりおりでも、すぐ息ぎれしてしまうくらい衰えている。鍛えがいがあるというものだ。

 今住んでいる集合住宅には駐輪場がないため、三年くらい自転車に乗らない生活をしていた。
 自転車の移動は徒歩より楽だけど、いちいち降りて鍵をかけるのが面倒くさくて、ふだんならふらっとのぞく店をいろいろ通りすぎてしまう。あと散歩のときはいつも何かしら考え事をしているのだが、自転車に乗っているときはあまり考え事ができない。考え事ができない分、歩いているときよりも景色が見ている気もする。一長一短だなとおもう。

 新しい自転車はガード下を走ると、ライトが自動で点灯する。ハイテクな自転車なのであった。
 阿佐ケ谷の古本屋で丸山昭『まんがのカンヅメ 手塚治虫とトキワ荘の仲間たち』(ほるぷ出版)を買う。小学館文庫にもなっているけど、単行本のほうは最初にカラー頁がある。

 高円寺に戻って、北口の琥珀でアイスコーヒーを飲む。
 喫茶店の中で本を読もうとしたが、なかなか集中できない。店の向い側に空地ができている。

 明日は中野まで自転車で行ってみようとおもう。

(追記1)
 来週、京都から薄花葉っぱ上京します。
3月11日(火) 台東区 なってるハウス(共演:BRASS EXPERIENCE)
3月12日(水) 吉祥寺 マンダラ2(出演:オクノ修 薄花葉っぱ+中尾勘二)
※詳細はhttp://hakkahappa.blog112.fc2.com/

(追記2)
3月19日(水)
オグラさんのワンマン。
『魂っておよそ何グラム?』
下北沢 風知空知 03-5433-2191
開場18:30 開演19:30
チャージ¥3000+D
※詳細はhttp://www.lilyfranky.com/reg02/index.html

800ランプ時代のなつかしい曲を中心に歌うそうです。
三日の夜、元800ランプのキーボードの原めぐみさんと飲み屋で偶然会いました。フランス帰りの偏食女王のMさんも。Mさんが牛丼にマヨネーズをかけて食う話がおもしろかった。