春の選抜が終わって、プロ野球が開幕し、季節が変わったと実感する。
四月二日(日)、桜台poolで「ピエーポポ!ライブ」。村岡マサヒロ個展「ピエーポ!2017~春の宴~」のクロージングの宴のイベント(ポポタムズ、ボエーズ、カトリーロと吉成トライ、HERNIA15、DJ根本敬)にポポタムズのベースとして参加した。
リハーサルと本番は全然ちがう。余裕なし。
前回のポポタム十周年の「ポポフェス」のときは、何も考えないうちにあっという間に終わったかんじだった。二回目のほうが緊張するとはおもわなかった。
四十代後半になって「できないことができるようになる」にはどうすればいいのかということをよく考えるようになった。
昨年、はじめてフライフィッシングをやってみて、まったくおもいどおりにならない経験をした。それがすごく楽しかった。
楽器もそうだ。家でひとりで練習しているときにはできることが、みんなと合わせるとグダグダになる。見るのとやるのとではまったくちがう。でも最初からできないとおもっていると、いつまで経ってもできない。
趣味や遊びの中にも「できないことができるようになる」プロセスのようなものがある。
はじめのうちは素振りの数がものをいうみたいなところがあるわけだが、しばらくすると「こんなことをやっている場合か」「ほどほどでいいのではないか」という葛藤が生じてくる。
ブレーキを踏まずに何かひとつのことに没頭するという行為は、生活に支障をきたすし、からだにも大きな負荷がかかる。
その道を極めている人たちは、ある種の分別や制約をとっぱらった遊び半分ではたどりつけない場所に生きている。
かならずしもその場所は楽しいとは限らない。
今はまだ初歩の初歩で躓いている状態だが、何かに没頭した先にある世界が見たい。そこにいかないと掴めない感覚を掴みたい。
しかし「こんなことやっている場合か」という葛藤は簡単には消せない。仕事もあるし。はあ。