2013/04/30

野球と古本

 二十九日、編集室屋上で開催された「トマソン社100%」を見に行く。森安なおや『烏城物語』(限定二〇〇〇部)は、はじめて見た。トマソン社は漫画評などでも活躍している松田友泉さんの会社でミニコミや地方小出版の流通、あと『BOOK5』という小冊子も刊行している。

 この日のスペシャルトークイベントは「古書よりも野球が大事と思いたい 〜夢のオールスターゲーム〜」。

◯出演者◯
石神井書林 内堀弘
古書赤いドリル 那須太一
青聲社 豊藏祐輔(兼進行)

 赤いドリルの那須さんの野球狂ぶりがすごかった。大学、高校野球の地方大会までチェックしている。記憶力もさることながら話もうまい。アマチュア野球に興味を持ちはじめたのは矢崎良一著『松坂世代』(河出文庫)の影響といっていた。この本はわたしも愛読している。
 石神井書林の内堀さんが、しきりに「その才能を(古本屋じゃなくて)他に活かせる仕事はないのか」みたいなことをいっているのもおかしかった。内堀さんが野球と古本屋の共通点を語ったくだりもおもしろかった。さらにプロからアマの話まで何でもかんでも拾いまくる青聲社の豊藏さんの進行も素晴しかった。このシリーズは、一回で終わらせるのは勿体ない気がする。

 打ち上げは神保町のさくら水産。帰りにNEGIさんを誘って、今月末で三周年をむかえたペリカン時代に行く。酒がまわって、水割一杯しか飲めず。

2013/04/29

キンドルで山田風太郎を読む

《世界の人間はだんだんコスモポリタンになってゆくのだろうか? そうなるだろう。尤も国家意識民族意識は永遠に消えないであろうという理論も立派になり立つ。今まで世界連邦的な試みはあったが悉く失敗した。今の世界の大勢もなお民族意識の強烈なことを示している。しかし、いつかは、全世界が融合してゆくであろう。その時期はいかにも百年二百年後の近い将来ではないが、おそらく千年以内であろう》(山田風太郎著『戦中派焼け跡日記』)

 夜中、ふとキンドルで山田風太郎の文章を読んでみたくなって、『戦中派焼け跡日記』と『戦中派闇市日記』(いずれも小学館文庫)をダウンロードした。

 山田風太郎の日記は、読むたびに、その思考の深さ、スケールの大きさに驚かされる。すくなくともわたしはこの日記を書いていたころの山田風太郎よりも二十歳以上年上だし、情報統制のあった戦中、そして戦後すぐの時代と比べれば、ものを知るということに関しては恵まれているだろう。でも考える力や想像力のようなものは衰えている気がする。

 山田青年にしても、将来、まさか自分の日記が、アメリカのアマゾンという会社が作ったキンドルという電子書籍端末で売られる日がくるとは予見できなかったちがいない。自作の小説も漫画になり、それも電子書籍になっている。

 とんでもない未来だ。

 今は想像すらできないことが未来には起こりうる。

 わたしは世界の人間がコスモポリタンになってゆく未来を夢みたい。

 ほんの四、五百年前まで(今の)となりの県や市町村の人間同士が殺し合いをしていた。バカげているが、当時は誰もそんなふうにおもっていなかった。

 今の国家意識や民族意識も消えはしないが、それらの意識はちょっとしたお国自慢くらいのかんじになるかもしれない。

 そうなるのは百年後か千年後かはわからないが、他国や他民族を蔑視することは恥ずかしいという意識くらいは今すぐにでも持てるとおもう。

 全世界が融合するという未来はうまくイメージできない。でもその方向はまちがっていない気がする。

2013/04/21

ついにその日が

 二〇一三年四月二十日、第2回電王戦でA級の三浦弘之八段とGPS将棋の対局が行われた。先手のプロ棋士は一度も王手をかけないまま、コンピュータに寄せきられた。

 プロ棋士対コンピュータは一勝三敗一分。完敗である。
 しかも三浦八段は今期A級2位、プロの中でもトップクラスの棋士である。
 コンピュータの進化のスピードを考えれば、いつかはトップ棋士が負けるときが来るとはおもっていたが、ついにその日が来てしまった。

 一局だけですべてを判断するのはまだ早いのかもしれないが、時代の転換期を迎えたことはまちがいない。

 今回の電王戦でいえば、第二局で、コンピュータ戦のプロ初敗北を喫し、うなだれている佐藤慎一四段の姿は見ていて痛ましかった。この勝負で彼が背負っていたものはあまりにも大きすぎた。昔、柔道ではじめて外国選手に負けた日本人選手のようだなとおもった(……リアルタイムで見たわけではない)。
 いつかは誰かが引き受ける運命だった。それがたまたま彼だった。

 コンピュータに負けたことは不名誉なことではない。コンピュータ将棋は人類のほとんどが勝てない化け物に成長したというだけの話だ。
 人間には感情があり、勝ってほっとしたり、負けて落ち込んだりする。緊張もするし、焦りもする。計算能力が互角かそれ以上になれば、感情もなく、疲れることを知らないコンピュータとの戦いは、不利なところも多い。

 一将棋ファンとしてはプロ棋士とコンピュータの対決は見ごたえがあった。これほど「勝ちたい」というより「負けたくない」というおもいが伝わってくる対局を見たのははじめてかもしれない。

 今まではコンピュータがプロ棋士に勝てば快挙だったのが、これからはプロ棋士がコンピュータに勝てば快挙というふうに変わっていくだろう。

 将棋界だけにとどまらず、もっと大きな変化も起こる予感がする。

 いや、もう起こっている。

 人はコンピュータと競争すべきなのかどうか。

 長考を要するテーマである。

2013/04/18

みちくさ市トーク

2013年5月で20回目の開催を迎える鬼子母神通りみちくさ市。初日はわめぞの古本市(12時〜16時)、2日目は古本フリマ(11時〜16時)があります。手創り市さん、ブングテンさんなどの開催も併せ、雑司が谷をたっぷり楽しめるイベントです。

5月19日(日)に、第2回目の「古本流浪対談」があります。
ゲストは仙台・bookcafe 火星の庭の前野久美子さんです。

今回の対談のサブタイトルは「地方古本生活うらおもて」です。

火星の庭に「文壇高円寺古書部」を開設してまもなく5年。以来、年に何回か仙台を行き来するようになりました。
東京から新幹線だと1時間半ちょっと。気候がよくて、食べ物がうまくて、飲み屋がいっぱいあって、ほんとうに暮らしやすそうなところだなと。当日、どんな話になるのかは未定ですが、これからのこともふくめて“地方の古本生活”について、いろいろ考えてみたいとおもっています。

(みちくさ市トーク)

荻原魚雷「古本流浪対談」

ゲスト 前野久美子さん(仙台・bookcafe 火星の庭店主。編著に『ブックカフェのある街』がある)
■日時 2013年5月19日(日)
■時間 15:30〜17:00(開場15:10〜)
■会場 雑司が谷地域文化創造館・第2、第3会議室
■入場料:1000円 ※当日清算

ご予約はメールアドレス wamezoevent1■gmail.com(■=@)

メール件名に「魚雷トーク予約」、本文に「お名前」「人数」「緊急の電話連絡先」
をご記入の上お申し込みください。
※予約は4月18日から開始です。

くわしくは、
http://kmstreet.exblog.jp/18596741/

2013/04/16

ひま潰し

 今月の『本の雑誌』は『アップダイクと私 アップダイク・エッセイ傑作選』(河出書房新社)について、『小説すばる』は、中馬庚と正岡子規のことを書いた。いずれも野球の話である。

 ここのところ、どう考えても野球に時間をとられすぎている。試合の結果に一喜一憂し、そのあと各選手のデータを追いかけ、ファームの情報までチェックして、片っぱしから野球の本を読んで……なんてことをやっている暇はない。ほどよくのめりこむことができない。
 でもその時間は、何かしらの養分になっている気がする。そう信じたい。

 アップダイクは、エッセイやコラムから入った。いまだに代表作の長篇「うさぎ四部作」を読んでいない。短篇では『アップダイク自選短編集』(岩元巌訳、新潮文庫)所収の「絶滅した哺乳動物を愛した男」が好きだ。出だしの数行で完全に心をつかまれた。

《いずれは名前も忘れられてしまうような都市に、セイパーズはどちらかといえばひどい形で生きていた。ちょうど人生の岐路ともいうべき時で、数多くの絆をかかえていたが、そのどの一つも彼をはっきりと結びつけるというものではなかった》

 セイバーズはひまがたっぷりある。時間潰しに絶滅した哺乳動物の本を読む。
 彼は生存に適した進化ができず絶滅してしまった動物に共感する。

「そのような動物をどうして愛さないでいられよう?」

 傍から見れば、無意味で無益な趣味であっても、人を現実につなぎとめる何かになる。

 ユーモア・スケッチの傑作といってもいい作品である。

2013/04/07

ボツリボツリ

 仕事が一段落したらとおもいつつ、なかなか区切りがつかない。先のことを見すえて、準備しておけばいいのだが、それがむずかしい。一日かけて部屋の掃除をしたい。何もせず、だらだらする日もほしい。

 仕事をする前にせめて机(コタツ)のまわりだけでも片づける。それができないときはたいてい不調だ。あと町を歩く。歩いたからといって、とくに何か改善されるわけではないが、経験上、歩かないより歩いたほうがいい。

 ここ数日、『植草甚一コラージュ日記 東京1976』(平凡社ライブラリー)をすこしずつ読んでいる。亡くなる三年前の日記(手書きの文字がそのまま印刷されている)である。散歩して、古本屋に行って、喫茶店で休憩して、買物して、原稿を書いて……というくりかえしの日々を綴っているのだけど、それがいいかんじなのだ。

《六月二十日(日)クラウディ。十一時に起き出して池波原稿ボツリボツリ。途中で金栄堂包装紙をつくる図案ネタをたくさんゼロックスにするため二階の文房具店へ降りて行く。それから外に出て遠藤書店で二冊(一二〇〇)買い、アパート前の「しゆう」でコーヒーを飲んで引っ返す。それから池波原稿をボツリボツリ。途中で引っかかると本の整理をすこしやり、またボツリボツリと原稿を書いた》

 遊びながら仕事をするためにはこの「ボツリボツリ」ができるかどうかにかかっている。
 翌日の日記には「ジャーナルのほうも締切りになったので出だしの部分だけ書いておく」という記述がある。

 結局、一気に片づけようとするより、すこしずつでもできることをやっていくのがいちばんの近道なのかもしれない。

 今から「ボツリボツリ」をやることにする。

2013/04/02

静岡のオグラさん

 日曜日、静岡へ。久しぶりの遠出である。けっこう寒い。

 静岡のUHUというライブハウスでペリカンオーバードライブとオグラさんのライブを見る。顔見知りもけっこういて、高円寺にいるみたいだった。

 ペリカンはベースなしで斉藤エンジンさんのキーボードが入った変則三人編成。エンジンさんは十年以上前にペリカンといっしょに演奏しているのを見たことがある。粗っぽくて疾走感あふれるステージ。「ハルノヨウキ」を春に聴ける幸せ。そのためだけでも静岡に来てよかった。

 オグラ&迷ローズの盛り上がりもすごかった。オグラさんは清水の出身。静岡のライブハウスで「ビル風と17才」が聴ける幸せ。この一曲を聴くためだけでも静岡に来てよかった。

 アルバム『次の迷路へ』を聴いたとき、オグラさんの詩と音楽は、ほとんど完成の域に達してしまったのではないかとおもった。そのくらいの渾身の曲がつまっている。
 楽曲だけでなく、ステージでの歌、演奏、パフォーマンスの円熟度もとんでもなく高い。

 静岡時代もふくめると、三十年以上、切れ目なく、音楽を続けてきて、今も全国のライブハウスを回っている。

 問題はその先だ。
 今のオグラさんの音楽は、完成と円熟の先の未知の場所を探し求めているようにおもえる。「次の迷路へ」という曲もそういうことを暗示している。

 いってもしかたのないことをいえば、オグラさんは、十五年前に売れていてもおかしくなかった。いや、青ジャージ、800ランプ時代の曲も、同時代の音楽にまったく引けを取らない。今、聴いてもすごい。なかなかそのすごさが伝わらないことが、不思議でならない。もったいないとおもうけど、どうしたらいいのかわからない。

 迷路を抜けてさらに大きく化ける瞬間が見たい。
 その瞬間はかなり近づいている気がする。