あたたかい日が続く。長袖のヒートテックをしまう。貼るカイロは三十袋入り一箱未開封のままだ。そろそろコタツ布団を片付けようとおもう。晴れの日一万歩の日課もなんとかこなせている。
木曜夜、神保町から靖国通りを歩いた。九段下周辺の夜景を楽しむ。九段下の昭和館から高灯籠のあたりで東京タワーが見える。靖国神社沿いの道から東京スカイツリーが見える場所もある。
九段下のバス停から小滝橋前車庫行きの都営バス(飯64)がある。まだ乗ったことがない。九段下駅からすこし北に歩いて、セブンイレブンの北の丸スクエア店の近くにバス停がある。十九時台のバスも四本。小滝橋前車庫は東京メトロ東西線の落合駅のすぐ近く。早稲田通りを歩けば三、四十分で高円寺に着く。
一口坂の小諸そば市ヶ谷店で春盛天のうどん。一口坂はなか卯九段南店もある。ちなみに今月初の外食である。ずっと自炊していた。
市ヶ谷橋から外濠(市ヶ谷濠、新見附濠)を眺める。市ヶ谷の濠、上京してしばらくは川だとおもっていた。もともと四十歳前後から川を見るのが好きになったのだが、五十の坂をこえてから、樹木にも興味が芽生えてきた。家にこもって仕事をしていると、むしょうに木が見たくなる。この日は四ツ谷駅まで歩くつもりだったが、市ヶ谷駅から電車に乗る。
そのうち米の値段は下がるだろうと二キロずつ買っていたのだが、もう諦めた。今の米がなくなったら五キロずつ買うことにする。胚芽米も昨年の今の時期と比べて倍の値段になっている。
先日買った石川浩司著『地味町ひとり散歩 「たま」のランニングの大将放浪記』(双葉社)、埼玉県の高麗(こま)を歩いている。今年の三月はじめにわたしも高麗川を散策する計画を立てていたのだが、急遽、郷里の三重に帰省する用事ができてしまい、まだ行ってない。斎藤潤一郎著『武蔵野』(リイド社、二〇二二年)の第一話も高麗である。
高麗、あるいは新羅が元になった地名は日本のあちこちにある。馬に関係する土地が多い。古代の街道の整備に渡来人が関わっている。
文壇高円寺
2025/04/20
九段下
2025/04/14
宿場町、地図その他
旧街道を歩いて宿場町に寄る。本陣、脇本陣、常夜燈、一里塚、道標……。歩きながら町の歴史や地理を知る。週末、「マケイン」という言葉が気になってアニメ『負けヒロインが多すぎる!』全十二話(二〇二四年七月放映)を二日かけてアマゾンプライムで視聴した。東三河の学校が舞台で二川宿、吉田宿周辺の東海道がちょくちょく出てくる。「吉田中安全秋葉山常夜燈」や豊橋鉄道の駅や周辺の町も描かれている。四月十二日の中日新聞のサイトに「続編制作決定」の記事が出ていた。
郷里に帰省するさい、浜松と豊橋はよく途中下車して街道を歩いている。まだまだ知らないところがたくさんある。
土曜の昼、西部古書会館、『同時代 第三十一号 特集Ⅰ 樹について 特集Ⅱ 辻まこと』(法政大学出版局、一九七六年)、『歴史カタログ 第2集 幕末維新古地図大図鑑』(新人物往来社、一九七七年)、佐佐木信綱著『ある老歌人の思ひ出 自伝と交友の面影』(朝日新聞社、一九五三年)など。いずれも百円〜二百円だった。
『同時代』は矢内原伊作が編集発行人の雑誌(発行所「黒の会」)。辻まことは一九七五年十二月に亡くなったので没後刊行の特集である。巻末に辻まことの書誌も載っている。
『歴史カタログ 第2集』は岩田豊樹・歴史に親しむ会編集。表紙カバー裏に年表や図版、大判のカラー印刷で凝っている。一番すごいとおもったのは「海陸道中図絵」(安政年間=一八五四年〜六〇年)。鳥瞰図として精密で素晴らしい。この地図ははじめて見た。版元は仁龍堂(信州)である。阿賀川、信濃川が描きこまれていて、会津や越後の地形がよくわかる。
『歴史カタログ』第1集は「日本歴史大図鑑」。巻末の「歴史カタログ」刊行予定には第3集「日本紋章大図鑑」、第4集「日本肖像大図鑑」、第5集「日本甲冑図鑑」、第6集「戦国合戦古地図大図鑑」と告知しているが、刊行されたかどうかは不明である(もし第6集が出ていたらほしいのだが)。
佐佐木信綱は郷里・三重県鈴鹿出身の歌人で目次の最初に「石薬師・松阪・東京」とある。
《廣重の東海道五十三次の画を次々に見てゆくと、終りに近づいて、本陣の前を馬に乗った旅人が通って行く、家つづきのうしろは林で、近い山は色こく、遠い山が淡く聳えつづいてをる構図がある。これが自分のふるさと、伊勢石薬師駅である》
石薬師には佐佐木信綱記念館がある。わたしが生まれ育った町は東海道の石薬師宿の隣の庄野宿がもよりの宿場町だった。今、親が暮らしている家は伊勢街道の神戸宿が近い(父の墓は神戸宿の寺にある)。
石薬師宿を歩くと「信綱かるた道」がある。わたしが郷里にいたころはなかった(二〇〇四、五年ごろにできた)。
(追記)四月十二日放送の「ブラタモリ」、伊勢街道の神戸宿界隈を歩いていたと知る。見逃した。
2025/04/10
戸田球場
PR誌『ちくま』四月号に梅崎春生の『ウスバカ談義』に関するエッセイを書きました(九日「webちくま」に公開)。
『フライの雑誌』(133号)の特集は「日本の渓流のスタンダード・フライラインを考える」。わたしは「国道16号線と小流域」というエッセイを書いた。先月、三重に帰省したときに柳瀬博一著『国道16号線と「日本を創った道」』(新潮文庫)を再読した。国道16号線を通して、地域の地理、歴史、文化を論じる。道や川にたいする見方が大きく変わった。
フライフィッシングショップなごみの遠藤早都治さんのエッセイはいつも引き込まれる。「時間」という言葉が重い。
調べて考えて試して……。すぐ答えが出るわけではないが、それを続けていくしかない。
火曜日、久しぶりに埼京線に乗る。くもり空で富士山は見れず。武蔵浦和駅からバスで戸田球場。イースタンリーグのヤクルト西武戦をつかだま書房の塚田眞周博さんと観戦する。三月下旬に塚田さんと相談して、この日に決めたのだが、村上宗隆選手の復帰、ドラフト一位の中村優斗投手、バウマン投手の初登板という試合をネット裏から観ることができた。塚田さん、野球運が強い(二〇一五年のヤクルトのセ・リーグ優勝決定試合も塚田さんにチケットを取ってもらった)。中村優斗投手はブルペンで投球練習中、軽く投げている感じなのだが、すごい球だった。一軍で投げる日が楽しみだ。
西武の先発、アンダースローの與座海人投手もよかった。スピードガンの表示は百二十キロ台なのに速いし、力強い球に見える。変則派の投手は見ているだけで面白い。昔からわたしはアンダースロー、サイドスローが好きである。
試合は負けたけど、ファームの試合は選手の活躍が見れるだけで嬉しい。順位や勝ち負けを気にせず、野球を楽しめるのもありがたい。戸田球場のレフト側の桜も咲いていた。
二軍の愛称、西武の「子猫軍」は微笑ましい。ヤクルトは「戸田軍」である。他もファームの球場の所在地+軍が多い。二〇二七年にヤクルトのファームは埼玉県の戸田から茨城県の守谷に移転する予定なので「戸田軍」と呼べるのは来年までか。
帰りは武蔵浦和駅から赤羽駅で途中下車し、ひたすらビンの赤星を飲む。赤羽駅からは高円寺駅までバスで帰る。