2021/04/29

宮脇俊三の特集

 雨。新型コロナの感染者は三ヶ月ぶりに都内千人以上。季候は関係ないのか。終わりが見えない。旅行したいが、しばらくはガマン。郷里に帰省できない学生向けの「ふるさとセット」みたいなものがあることを新聞で読む。学生に限定する必要はないんじゃないかな。わたしも三重のあられや調味料、干物などを買いたい。

 先週土曜日、西部古書会館。カゴ山盛り買う(一冊平均二百円以下)。街道本、旅雑誌、郷土文学資料、文学展パンフ……。古本に関しては「安物買いの銭失い」という格言は通用しない。一行でも二行でも表紙でも背表紙でも奥付でも広告の頁でも何だって貴重な資料になる。

『旅』(二〇〇〇年九月号)は特集「宮脇俊三の世界」。カラー頁、写真多数、年譜あり、別冊付録「宮脇俊三自選集」も。当時の定価は八百八十円。
 阿川弘之と北杜夫の「われらが“俊ちゃん”を語ろう」も読みごたえあり。阿川弘之の最初の鉄道本『お早く御乗車ねがいます』(中央公論社、一九五八年)の担当編集者も宮脇俊三。あとがきに「この本は、中央公論社出版部の宮脇俊三さんという、奇特な汽車気狂いのお蔭で陽の目を見ることになったので、私にとっては思いがけぬ臨時電車を出して貰ったようなもので、感謝しています」とある。収録作は『旅』に発表したものが大半だという。『旅』の担当編集者は岡田喜秋だった。

 自分の中では八〇年代までは古本、古雑誌という感じがするが、今のところ九〇年代以降は「新しい」とおもってしまう。二〇〇〇年代は「つい最近」だ。でも古本や古雑誌にたいする時間感覚もすこしずつ変わってくる。

2021/04/26

つくづく別冊

 毎日、寒暖差が厳しい。安静というか、週末のんびり過ごす。体調の管理は自分に合ったものでないと意味がない。日々の食事、適度な運動、休息……。野菜中心の食事で調子がよくなる人もいれば、肉をがっつり食うと元気になる人もいる。街道を歩くときは、朝抜いて、昼おにぎり一個くらいですまし、空腹のまま歩くことが多い。満腹だと体が重くなる。

 金井悟(タオル)さんが編集している『つくづく別冊 特集 友だちと互助会』が届く。いい出来だ。脱帽。創刊以来「雑誌とは何か?」を問い、様々な実験と迷走を経て、いい感じに力抜けたのかもしれない。この号は読者がずっと手元に残したい雑誌になったんじゃないかな。

 今年の1月末に北品川のKAIDO book&coffeeで金井さんとカメラマンの木原基行さんとの座談会に参加した。もともと昨年の秋、長野の街道を歩こう——という計画を立て、日程もほぼ決まりかけていたのだが、都内の新型コロナの感染者数の激増で延期になった。
 その代案として品川宿の散策を提案して……。行きあたりばったりなのも雑誌の醍醐味ですね。

 執筆、対談や座談会の参加時はバラバラだった『ウィッチンケア』『隣町珈琲の本 mal"』『別冊つくづく』の三誌がこの四月に出た。もうしばらくすると高松在住の福田賢治さんが編集している『些末事研究』というミニコミも出る。

 上記の雑誌を全部読んだという人は何人くらいいるのだろう。いずれにせよ、相当風変わりな人だろう。

2021/04/22

隣町珈琲の本

 月曜日、仕事部屋でTBSラジオ「赤江珠緒 たまむすび」を聴いていたら、小田嶋隆さんのコーナーの冒頭で『隣町珈琲の本 mal"』の話(四月二十七日発売)をしていた。隣町珈琲は平川克美さんの店。『mal"』は喫茶店が発行元の文芸誌である。

『mal"』の特集は「記憶の中の本と街」。関口直人さん、島田潤一郎さん、平川克美さんの鼎談「『昔日の客』が残したもの」では山王書房の関口良雄さんの貴重な写真も多数ある。古本好きは永久保存版でしょう。
 わたしは岡崎武志さんと「安い古本と“高円寺”がオレたちの青春ダ!!」という対談をした。座談会も対談も動画で観ることができるが、雑誌で読めるのが嬉しい。
 岡崎さんとの対談で五十歳になった感慨を訊かれ「何でしょうか、もういい」と答えている。ちょっと補足すると「(自分のことだけやるのは)もういい」という気持になったんですね。
 十九歳でライターになって以来、どうやって生きていくか——自分のことばかり考えていた。それは「もういい」かなと。もちろん働かないと食べていけないわけだが、生活費を稼ぐ手段は文筆業である必要はない。仕事が減ったら他にやりたいことをやればいい。そうおもったら気が楽になった。

 この先、気が変わるかもしれないが、「場所」や「受け皿」を作る仕事に興味が出てきた。

2021/04/21

梅崎春生と甲州街道

 街道について調べ、掘り下げていけば、文学とつながる。すくなくともわたしは地図を片手に小説や随筆を読むようになった。知らない地名が出てきたら、地図を見る。
 街道以前と以後で読書の仕方が変わってしまった。

 梅崎春生の「拾う」(『梅崎春生全集』第三巻、新潮社)を読む。

《新宿から甲府にむかう甲州街道。その新宿から一里ほども来たところに、下高井戸というへんてつもない宿場がある。そこは街道と上水の間を、ほこりっぽい空地で区切って、都心からくるバスの終点にもなっている》

 文中の「上水」は玉川上水。世田谷付近は、甲州街道と玉川上水が並行している区間がある。「拾う」は現代の街道を舞台にした短篇である。主人公の穴山八郎は、その後、「拐帯者」にも登場する。穴山はあるものを「拾う」。その心理と行動を精密に描く。片岡義男の「給料日」と似ているかもしれない。

 ちなみに直木賞受賞作の「ボロ家の春秋」も甲州街道が出てくる。

 晩年の梅崎春生が住んでいた豊玉中二丁目(練馬区)は、町の真ん中を環状七号線(環七)が通っていて、高円寺から赤羽や王子行きのバスの停車所もある。

2021/04/17

バスの話

 月曜日、午前中に目が覚めたので高円寺から赤羽行きのバスに乗り、羽沢(西武有楽町線の新桜台駅のすぐそば)で下車する。それにしてもバスの停留所の名前はわかりにくい。
 先月、バスで王子行のバスに乗り、環七を見ていて新桜台駅を通ることを知った。新桜台なら西武池袋線の江古田駅までも徒歩数分だ。
 江古田でオープンしたばかりの古本屋(snowdrop)に寄り、江古田の森公園を散策し、新井薬師を通り、中野へ。地図は持ってなかったが、だいたい南に向かって歩けばどうにかなる。途中、方向感覚がおかしくなって西のほうに歩いていた。これからは都内の散歩でもオイルコンパスを持ち歩くことにする。

 火曜日、確定申告。杉並税務署のち五日市街道を歩いて高円寺に帰る。新高円寺(中野)から吉祥寺に行きのバスがあり、五日市街道を通る。途中、小さな弁当&惣菜屋さんで唐揚げを買う。五日市街道、コープ、サミットなどのスーパーだけでなく、個人営業店がけっこうある。

 泉麻人著、なかむらるみ絵『大東京 のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)を読むと、吉祥寺駅から西武バスで新座栄や成増駅、小田急バスで深大寺のルートが面白そう。同書は二月に続編が出たばかり。バス+徒歩の選択肢が増えれば、行動範囲が拡がる。

 旅に出て、電車の駅から目当の街道まで三、四キロ歩かないと行けないときがある。徒歩だと往復二時間くらいかかる。街道まではバスで行きたい。しかし知らない土地だとバスがどこを通るのかわからない。
 急ぐ旅ではないので適当に乗って気が向いたところで降りてそこから歩けばいいのだが、行く先のわからないバスに乗るのは不安だ。たぶん慣れだろう。

2021/04/12

街道と城下町

 五十肩は完治したのかどうか。たまに重いドアを左手で開けようとして、嫌な痛みが走り焦る。

 日曜日、西部古書会館大均一祭二日目(全品百円)。会場入ってすぐの棚に『文藝春秋 臨時増刊 目で見る日本史 街道と城下町』(一九七三年)があった。気長に探そうとおもっていた雑誌だ。
「特別企画 心のふるさと・宿場町 東海道五十三次」は、保土ケ谷(平野威馬雄)、藤沢(阿部昭)、小田原(尾崎一雄)、江尻(江国滋)、府中(三木卓)、藤枝(小川国夫)、四日市(田村泰次郎)……。

「日本の街道細見」 という地図も付いている。貴重な街道資料である。当時の定価は五百円。編集人は半藤一利。広告も面白い。三菱信託銀行の広告の「貸付信託」を読むと「元金保証」の五年もので年七・一二%。五年で一・四倍とある。

 今、東海道の特集を作るとしたら、日本橋から三条大橋まで一つの宿場町ごとに執筆者を揃えるのは大変だろう。
 できないことはなかなか考えようとしない。予算の範囲、人手の範囲で作れるものを作るしかない。

 古雑誌を読んでいると「こういう雑誌はもう作れないな」とよくおもう。お金や時間のかかる企画は通らない。おそらくテレビの現場もそうかもしれない。

2021/04/09

春の夜の夢

 あっという間に一ヶ月が過ぎる。プロ野球界も新型コロナが広がり、ひいきの球団を直撃する。先週末、野手の数が足りず、二軍の試合が中止になった。ケガ人続出で「ヤ戦病院」と揶揄されていたころをおもいだす。野球を観ていると、負けそうな試合を逆転したり、勝てそうな試合を落としたりというのは日常茶飯事だ。六回までリードしている試合を確実に勝ち切るのが難しい。今年は一試合一試合の勝ち負けを気にせず、のんびり野球を楽しみたい(昨年もそう考えていた)。

 昨日、寝る前に書くつもりでいたことを忘れてしまう。メモくらい残しておけばよかった。

《私は本を読む時には自問ばかりしているから、読むのが遅い》(『橋本治という立ち止まり方』朝日新聞出版、二〇一二年)

 橋本治にとって「面白い本」は「ものを考えさせてくれる本」だった。

《世の中や人のあり方の「多様化」が広がったのは、豊かさのせいかもしれない。しかし、ローカリティというものが生きていた時代、すべてはもっと「多様」であったはずだ》

 言葉が飽和状態というか供給過剰になっている。あらゆる表現がそうなっている。人間の一生の時間では読みきれない膨大な言葉がすでにあり、それが溢れ返り、増え続けていけば、どうなってしまうのか。

 話はズレるかもしれないが、たとえば「多様化」を訴える雑誌がどんどん「一元化」している。ウェブメディアもそうだ。インパクトのあるタイトルを付け、閲覧数を増やす。わかりやすく、読みやすく、結論をまず先に。一週間も考えれば、その結論はいくらでも引っ繰り返せる。しかしそのころ次の話題に移っている。

 今のわたしは話題の移り変わりを追いかける体力と気力がない。というか、面倒くさい。

 この話の続きはいずれまた。