今さらながら『芸術新潮』一月号のつげ義春の特集号を入手。「ロング・インタビュー つげ義春、語る」(山下裕二=聞く人)は読みごたえあった。
《つげ (略)文学はほとんど私小説一本槍ですね。でも、あんまり悲惨なのはだんだん嫌になってきちゃって。嘉村磯多とか、あと破滅的な人生を送った人で、誰でしたか……。
山下 葛西善蔵?
つげ 葛西善蔵ね。加納作次郎や古木鉄太郎、宮地嘉六も好きで読みましたが、知らないでしょう?
編集部 知りません。
つげ 自分は川崎長太郎の大ファンですけど、この作家の目線は徹底して現実的で、超現実に転じる要素がまったくないのがそれなりの魅力ですね(略)》
葛西善蔵はよくもわるくも怠け者作家なのだが、随筆だと前向きなところもある(単なる願望で行動はまったくともなわないのだけど……)。
『フライの雑誌』の堀内さんもブログでこの箇所に反応していて、おもしろかった(あさ川日記「芸術新潮の編集部が葛西善蔵を知らないのか?」)。
ひさしぶりに『葛西善蔵随想集』(阿部昭編、福武文庫)を読む。「芸術問答 作家と記者の一問一答録」は、ぐだぐだなのだけど、私小説の神髄が語られている(ような気がする)。
《葛西。(略)僕の今の生活とは言っても……やはり僕は生れた時分から背負ってきたいろいろなものが、ここに来て居るので、急に 抜け出ることもですね、変ることもですな、そう簡単に出来ないことであるんだと……だけれども、抜け出すことは、それは抜け出さなければならないでしょう……どうも悪い生活ですから……しかし……
記者。 肯定……
葛西。 待って下さい。しかし全然僕には自棄的な……、そんな気持は終始一貫して持ってないつもりです。で僕は身体も弱いし、偏狭な人間だから、どうかして自分の細い道をコツコツ歩いて行って、それである点まで脱けたいと思っているだけなのです。(略)》
さらに芸術と生活の問題について記者と論じ合ったあと、次のように語っている。
《葛西。 僕の作はいつも同じように、たぶん見えるでしょう。けれども、僕は病気をして苦しい場合には、その苦しい気持を作の上で働かせ、不幸なことに打っ突かれば、不幸な気持をですね、創作によって一歩でも突き脱けて行きたい、だから多少は僕の生活よりか……身辺よりか、一歩なり、一段なり目標が先にない場合には……僕は書けないのです。(略)》
葛西善蔵は、貧乏や病気の話ばかり書いていたけど、そうした状況をなんとか乗り越えたい、そこから脱け出したいとおもっていた。
ただ単に、貧乏をネタに小説や身辺雑記を書いていたわけではない。
自分の細い道をコツコツ歩く。葛西善蔵が脱けたいとおもっていた「ある点」こそが、文学の希望ではないかとおもっている。