2019/07/09

引越やつれ

 引っ越しが終わるまで仕事が手につかない。毎日掃除したり散歩したり酒を飲んだりして過ごしている。

 上京三十年で借りた部屋の数は九軒(下赤塚一軒、高円寺八軒)になる。四十代に入ってから、引っ越しから遠ざかっていた。たぶん四十代最後の引っ越しになるだろう。

 最初の単行本の印税で書庫兼仕事部屋(木造の風呂なしアパート)を借りたのは二〇〇七年十一月。赤字になったらすぐ撤収するつもりで借りた。
 綱渡りながら十二年ちかく維持することができた。その部屋が老朽化のため、取り壊しが決まった。三回目の立ち退きである。
 新しい書庫探しのため、不動産屋をまわる。最初に下見をした物件は家賃も間取りもほぼ条件通りだった。「ここでいいかな」とおもいながら不動産屋の担当者と下見に行った。そのとき、借りようかどうか迷っていたアパートの手前で引っ越しのトラックが前にも後ろにも進めず、立ち往生していた。
 数分間だろうか。かなり長い時間におもえた。

 その下見のさい、道でばったり旧友の河田拓也さんと会った。知り合ったころは、お互い、風呂なしアパート暮らしだった。下見のあと喫茶店で待ち合わせし、知り合いがはじめた店で昼酒(レモンサワー)。河田さんと話しているうちに、もうすこし探してから決めようと気が変わった。

 何日か後、転居先の場所を絞り、近所の不動産屋に行くと、前の仕事部屋から歩いてすぐのアパートの一室が空く予定があると教えてもらった。
 再び下見。部屋に入って数秒で「借りたいとおもいます」と即決した。まったく迷いがなかった。
 部屋を借りるとき、そこでの暮らしが想像できるかどうかはすごく大事だ。新居は明るい未来が見えた……ような気がした。家から仕事部屋までの道のりが好きなコースだったのも即決した理由である。

 新居に本を運ぶ前に本棚を並べておきたい。経験上、本を入れてしまうと本棚を組み立てる場所がなくなるからだ。ちょうど世田谷ピンポンズさんが高円寺に来たので手伝ってもらった。助かった。

 この本棚に本が収まるのはいつの日のことか。それまでは落ち着かない日々が続く。自宅と旧仕事部屋と新仕事部屋の三軒をぐるぐるとまわる。いつまで新しい部屋を維持できるのか。あと何年くらい仕事ができるのか。そんなことを考えるひまがあったら、午後の散歩にでかけたほうがいい。