2007/05/31

うだうだした時間

 朝五時半すぎ、そろそろ眠くなってもらわなきゃ困るのに眠くならない。
 まあ、いいかとおもっているうちに六時になる。
 午前七時には眠りにつきたいのだが、その気配がみじんもない。
 そうこうするうちに腹が減ってくる。
 腹がふくれたら、眠くなるか、それともますます目がさえてしまうか。
 ちょっとした賭けだな。

 でもメシを作るのがめんどうだ。
 コンビニでなんか買うか、駅前の立食いそばに行くか。
 ここで外出したら、また眠りから遠ざかってしまいそうだ。
 どうしたものか。

2007/05/28

猟奇王とネットカフェ

 深夜、近所の漫画喫茶に行った。雑誌をチェックしたり、コピー機(一枚二十円)したり、仕事部屋がわりに使っている。
 深夜の六時間パックだと千円くらいで泊まれるところもある。サウナやカプセルホテルより安い。
 旅先ではよく宿がわりにしていた。おそらく漫画喫茶での宿泊日数だけならひと月は軽くこえるとおもう。自慢ではないが、二十四時間営業のコインランドリーに泊まったこともある。

 テレビのドキュメンタリー番組で「ネットカフェ難民」を見たとき、川崎ゆきおの『小説猟奇王 怪奇ロマン派怪人譚』(希林館、一九九八年四月刊)をおもいだした。

『小説猟奇王』には、ファミリーレストランで三ヶ月生活している男が出てくる。男の名は、怪傑紅ガラス。紅ガラスは猟奇王のライバルである。

 紅ガラスは猟奇王と次のような会話をかわす。
「貴様を追いかけ続けていた。こんなところで出会うとはな」
「お互い場違いな場所じゃな」
「まあな……だが私はこの場所に馴染んでいる。今では生活の場だ。いや、正しくは居住者とでもいうべきか」

 紅ガラスは、三ヶ月前にビフテキを注文し、その後は水とセルフサービスのサラダでどうにか飢えをしのいでいる。

「この店は二十四時間営業で、エンドレス営業じゃ。そして私は客であり続けるわけだから、当然この席に座り続ける権利を獲得しておる。おかげで雨露もしのげるし、横になって寝ることもできる。さらに起きたあとは洗面所で歯も磨けるし、タオルで体も拭ける」
「つまり、居ついておるわけか」
「アジトと呼んでもらいたい」

 かつて紅ガラスは正義の味方だった。しかし生活に追われてそれどころではない。猟奇の帝王、猟奇王の境遇も似たようなものだ。
猟奇王はいう。
「確かにそうだ。正義だ、悪だ、と宣言して走っている余裕などない。存在しているだけで、目一杯だ。それはわかっておる。それはわかっておるが、それを肯定してしまうのはあまりにも寂しいではないか」

『小説猟奇王』が出た一九九八年ごろ、定収入になっていたPR雑誌が廃刊し、テープおこしのアルバイトで食いつないでいた。ほんとうに「存在しているだけで、目一杯」だった。
 さらに風呂なしアパートの隣の部屋にすこしヘンなおじさんが引っ越してきて、毎晩壁を蹴られたり怒鳴られたりするようになった。

 自分の生活を守るには金がいる。
 生活のたて直しのためにタバコを減らし、自炊を増やすことを決意した。本やレコードを売りまくった。
 とにかく心が休まるところに引っ越したかった。
 ちょうどそのころ友人に「どうせなら風呂付きの部屋に引っ越せば」といわれた。

「家賃が高くなるけど、その分、仕事しようって気になるよ」

 ほんとうにそうだった。風呂なしアパート住まいのときは、しょっちゅう気のむかない仕事を断っていた。しかし風呂付の部屋に引っ越してからは、そうもいかなくなった。生活を維持したいという目標が、勤労意欲につながることを知った。

 働いて、家賃を払う。働いて、メシを食う。
 いまだに月末、家賃を払うと、今月ものりきったという気分になる。

(……続く、と書いたが続かなかった。すみません)

2007/05/27

まほろばとコクテイル

 京都二泊三日、古本屋と書店をかけあしでまわり、飲みっぱなしの六十時間。途中、寝たり食ったり河原でぼうっとしたりもした。連日、晴天。最高気温は三〇度ちかくなる。

 二十二日は午後六時に六曜社で扉野良人さんと待ち合わせをしていたのだが、すこし時間があったので古本屋をまわっていたら、キクオ書店を出てちょっと歩いたところで、扉野さんとばったり会う。
 六曜社に行ってコーヒーを飲んで、細い路地の奥のほうにある店でお酒を飲んで、木屋町通りのわからん屋でオグラさんのライブを見る。
 四十一歳のオグラさんが、二十三歳の若いミュージシャンと共演する。年の差十八歳。オグラさんは彼らが生まれる前から人前で歌っていることになる。

 二十三日に京都のまほろばでオグラさんと「オルガンとフルホン」というライブと対談をした。オグラさんは「単身赴任ツアー」で五日間、飲み続けている。

 ライブはほんとうによかった……とおもう。そして「盛り上がらないトーク」とオグラさんの前ふりではじまったオグオギ対談は、オルガンの話もフルホンの話もせず、貧乏話と酒の話に終始した。マイクから離れるたびに「もっと近づかなきゃだめだよ」とオグラさんに注意される。

 オグラさんとはじめて会ったのは、高円寺の南口の神社の前の公園だった。十年くらい前か。阿波踊りのときだったか誰かの誕生日会だったかは忘れた。その後、長年のご近所付き合いを経て初共演となった。

 滞在中、扉野良人さんにはほんとうにお世話になりっぱなしだった。

 二十六日は高円寺の古本酒場コクテイルで出版記念パーティー。
 司会は石田千さん。石田さんの最初の単行本の『月と菓子パン』(晶文社)も中川六平さんが担当者だった。
 お祝いの言葉とお酒とおいしいものをたくさんいだたいて、どうしていいのかわからなくなるくらいうれしくて、ずっと酒を飲んでいた。
 
 喜びを表現するのはむずかしい。感謝の気持もそうだ。
 いろいろありがとう。
 狩野さん、おつかれさま。

 最後は午前三時くらいまで部屋飲み。楽しかったです。

 酒がすこしずつぬけて、日常がもどってくる。
 まあ、日常といっても、本を読んで酒を飲んで現実逃避ばかりしているわけだけど……。

 これから西部古書会館にいってこようとおもう。

(追記)
 六月十日(日)に古本酒場コクテイルでオグラさんといっしょに「オルガンとフルホン」(午後七時くらいから)を開催します。
 青ジャージ、800ランプ時代の曲も演奏してもらう予定なのでファンは必見です。

 詳細はまた後日。