二十五日(土)、のぞみで岡山に行き、ルネスホール内公文庫カフェのフジイユタカ写真展「オキナワノハナ」を見る。
公文庫カフェに行くと、藤井くんが待っていた。
写真は十年以上前のもので、そのとき、その場所にいなければ二度と撮れない写真ばかりだ。本人は「狙っていないような写真を狙って撮っている」というかもしれないが、ぱっと見、なぜこれを撮ったのかよくわからないままシャッターを押しているかんじがする。でも時を経て、そのかんじがいい具合に熟成されていた。
そんなに昔の写真ではないのに「古写真」の味わいがある。
公文庫カフェでアイスコーヒーを飲んだあと、倉敷に行く。この日、天領まつりだったせいか、駅前は人がごったがえしている。
人通りをさけ、トンネルを通って、蟲文庫。
蟲文庫の田中さんと藤井くんと三人で初の写真展開催を祝う小宴会。
藤井くんが高円寺のアパートを引きはらい、岡山に帰ったときは、もうすこしこっちで仕事をしていれば、プロのカメラマンとしてやっていけそうだったのに、と残念だった。でも今みたいに、ふらふら旅行をしながら、気ままに写真を撮っているほうが、藤井くんには合っているのかもしれない。
年内に蟲文庫でも、個展をひらいてはどうかという話になった。
二十六日(日)、午前中に倉敷を出て、鈍行列車で神戸に。海文堂書店に寄る。
福岡店長に挨拶して、山本善行さんの古本コーナーを見る。昼休みから戻ってきた北村知之くんに「善行堂行きましたか?」と声をかけられる。
元町から三ノ宮のガード下を通って、阪急で京都、出町柳でレンタサイクルを借りて、古書善行堂を目ざす(善行堂の話は、八月発売の『小説すばる』に書きました)。
ちょっと心配になるくらい安い。ほしいとおもった本が、ことごとく、自分の予想よりも安い。
正宗白鳥著『文學修業』(三笠書房、一九四二年刊)、花森安治著『風俗時評』(東洋経済新報社、一九五三年刊)などを買う。
『風俗時評』は、はじめて見たかもしれない。
自転車を返して京阪三条へ。汗だくになったのでサウナ・オーロラで一風呂浴び、六曜社でアイスコーヒー。
夜は、徳正寺でサニーサイドアップ(増田喜昭、鈴木潤)、オグラ、友部正人のライブ「近所のお寺で涼んでいたら」。
雨の音や風をかんじながらのライブ。サニーサイドアップは、鈴木さんの澄んだ声とシンプルなウクレレが合っていて心地よかった。
オグラさんは、久々に名曲「架空の冒険者」のソロバージョンを熱唱。
『ガロ』の編集長、長井勝一さんが眠るお寺で、友部さんの「長井さん」を聴く。
オグラさんと友部さんは、前の日に大阪で詩の朗読のイベントでもいっしょだったそうだ。
お堂でのライブだったせいか、言葉がすっと入ってくる。踊りたくなる曲もあったけど、なんとなく、静粛に聞いていた。背筋をのばし、肩でリズムをとる、そのかんじが新鮮でおもしろかった。
朝四時まで、扉野さんの両親と飲み明かした。
(追記)
帰り、午後二時すぎのぷらっとこだまに乗るため、京都駅に行くと、新幹線の構内が厳戒態勢。トイレも封鎖されている。ホームには警察官と日の丸をふる人々。
向いのホームに到着した新幹線から皇○子が……。
2009/07/24
小休止
今週末は、鬼子母神通り みちくさ市(http://kmstreet.exblog.jp/)が開催されます。
都丸書店で佐藤春夫著『窓前花』(新潮社、一九六一年刊)を買い、喫茶店で休憩する。読売新聞の夕刊に連載時は「愚者の樂園」という題だったが、すでにつかっている人がいて改題したらしい。
本多顕彰著『聖書 愚者の楽園』(光文社、一九五七年刊)のことではないかとおもう。
後に獅子文六が一九六六年に『愚者の楽園』という本を刊行している。
ウィキペディアによると、川原泉の漫画の題でもあるようだ。
ちょっと息ぬきに読もうとおもって買った『窓前花』だけど、新聞コラムとしての完成度が高い。単行本では一本が見開き二頁ちょうどにおさまる。ほんとうに読みやすい。
《今日のベストセラーズは千萬人が讀み、さうして明日のベストセラーズはまた明日の千萬人が讀む。
今日は二三人しか讀む人もない。多くの人々がみなその存在を忘れてゐる。しかし明日も明後日もほんの二三人の人が讀んでゐる。さうしてその二三人がいつしか二三百人にもなり、やがていつまでも讀みつづけられて讀む人の數が少しづつ増加して行く。これがクラシックといふものであらうか》
内容は文芸から政治まで意外と幅広い。わりとリベラルな理想主義者である。
「窓前花(さうぜんのはな)」という言葉は『佐藤春夫随筆集 白雲去来』(筑摩書房、一九五六年刊)の「處士横議せず」にも出てくる。
新聞の連載では、身辺雑事、文芸放談、時代風俗、政治および社会時評の類をその都度書こうと心がけていたが、どうしても身辺と文芸の話に片寄ってしまう。しかし、みかんの木にみかんがなるようなもので、これは当然の話だとひらきなおる。
《新聞には政治記事は自分の執筆を待つまでもなく充滿してゐる。自分の任とすべきは多忙な社会人が多忙に紛れて忘れてゐる事どもを思ひ出させるにあらう。(中略)自分は處士横議を事とせず、閑雲野鶴を望み、窓前の花を品し、時に兒孫を擁してテレビに野球と相撲とを興ずるを優れりと思ふ者である。それではいけないといはれても外に仕方もあるまい》
そういいながらも『白雲去来』には政治記事が多い。それがまたおもしろい。
都丸書店で佐藤春夫著『窓前花』(新潮社、一九六一年刊)を買い、喫茶店で休憩する。読売新聞の夕刊に連載時は「愚者の樂園」という題だったが、すでにつかっている人がいて改題したらしい。
本多顕彰著『聖書 愚者の楽園』(光文社、一九五七年刊)のことではないかとおもう。
後に獅子文六が一九六六年に『愚者の楽園』という本を刊行している。
ウィキペディアによると、川原泉の漫画の題でもあるようだ。
ちょっと息ぬきに読もうとおもって買った『窓前花』だけど、新聞コラムとしての完成度が高い。単行本では一本が見開き二頁ちょうどにおさまる。ほんとうに読みやすい。
《今日のベストセラーズは千萬人が讀み、さうして明日のベストセラーズはまた明日の千萬人が讀む。
今日は二三人しか讀む人もない。多くの人々がみなその存在を忘れてゐる。しかし明日も明後日もほんの二三人の人が讀んでゐる。さうしてその二三人がいつしか二三百人にもなり、やがていつまでも讀みつづけられて讀む人の數が少しづつ増加して行く。これがクラシックといふものであらうか》
内容は文芸から政治まで意外と幅広い。わりとリベラルな理想主義者である。
「窓前花(さうぜんのはな)」という言葉は『佐藤春夫随筆集 白雲去来』(筑摩書房、一九五六年刊)の「處士横議せず」にも出てくる。
新聞の連載では、身辺雑事、文芸放談、時代風俗、政治および社会時評の類をその都度書こうと心がけていたが、どうしても身辺と文芸の話に片寄ってしまう。しかし、みかんの木にみかんがなるようなもので、これは当然の話だとひらきなおる。
《新聞には政治記事は自分の執筆を待つまでもなく充滿してゐる。自分の任とすべきは多忙な社会人が多忙に紛れて忘れてゐる事どもを思ひ出させるにあらう。(中略)自分は處士横議を事とせず、閑雲野鶴を望み、窓前の花を品し、時に兒孫を擁してテレビに野球と相撲とを興ずるを優れりと思ふ者である。それではいけないといはれても外に仕方もあるまい》
そういいながらも『白雲去来』には政治記事が多い。それがまたおもしろい。
2009/07/20
批評のこと その五
行きあたりばったりに話をすすめる。
読者の高齢化、インターネットの隆盛などによって、このままいくと出版の世界は確実に崖が待っていると書いた。
すべてが落ちるわけではないとおもうけど、今まで通りの人数、収入を活字産業は維持できないだろう。
銀行が合併したように、大手の新聞や出版社の合併もありうる。中小零細はどうなるか。フリーの人はどうなるか。
もともと活字の世界というのは、趣味と仕事の領域が曖昧だ。
同じような原稿を同じくらいの時間、労力をかけて書いても、原稿料は出版社の規模によってまちまちだし、まったくもらえないこともある。
お金はほしい。でもそれだけではない。
批評の自立のためには、生活費は別に稼ぐ必要があるのではないか。長年、考え続けているが、まだ答えは出ていない。
くりかえしになるけど、「どう生きるべきか」を主体にする、根源に置かないと駄目になるという谷川俊太郎の言葉をおもいだしながら、もうすこし批評について考えたい。
《——ぼくはこの管理された社会の中で、単に労働力として存在する人間にはなりたくない。たとえ人生を棒に振っても、ある純粋さを保持した、あるがままの人間でありたい……》(「頭上に毀れやすいガラス細工があった頃」/辻征夫著『ゴーシュの肖像』)
十代の辻征夫が「それだけでは生活できない」とわかっていながら、詩人になりたいとおもったときの心情だという。
詩人になりたいとおもう辻征夫は「そういうことは趣味として余暇にやれ」といわれる。
批評も詩と似たような境遇になっているのではないか。
かつて中村光夫は、批評家が独立の存在として認められていないと述べた。作家の解説者、読者との仲介人という役割しか与えられていないともいう。
《もし批評する者が、批評される者に従属していたら、それだけで批評の公正さは失われ、したがって価値もなくなるのは自明のことだからです》(「批評の精神」/『批評と創作』新潮社)
ここで「批評の公正さ」という言葉が出てくる。この「公正さ」は「批評家の独立」によってしか得られないというのが、中村光夫の意見である。
趣味あるいは余暇としての批評は、批評される側に従属する必要がない。それは批評の独立といえるのか。
「批評の精神」はこんな一文でしめくくられている。
《自分の存在をかけない言葉が人を動かすはずはないという文学の鉄則は、批評にも適用されるので、この単純な原理を忘れた批評はどんなに「問題意識」にみちていようと、空疎な大言にすぎないのです》
(……続く)
読者の高齢化、インターネットの隆盛などによって、このままいくと出版の世界は確実に崖が待っていると書いた。
すべてが落ちるわけではないとおもうけど、今まで通りの人数、収入を活字産業は維持できないだろう。
銀行が合併したように、大手の新聞や出版社の合併もありうる。中小零細はどうなるか。フリーの人はどうなるか。
もともと活字の世界というのは、趣味と仕事の領域が曖昧だ。
同じような原稿を同じくらいの時間、労力をかけて書いても、原稿料は出版社の規模によってまちまちだし、まったくもらえないこともある。
お金はほしい。でもそれだけではない。
批評の自立のためには、生活費は別に稼ぐ必要があるのではないか。長年、考え続けているが、まだ答えは出ていない。
くりかえしになるけど、「どう生きるべきか」を主体にする、根源に置かないと駄目になるという谷川俊太郎の言葉をおもいだしながら、もうすこし批評について考えたい。
《——ぼくはこの管理された社会の中で、単に労働力として存在する人間にはなりたくない。たとえ人生を棒に振っても、ある純粋さを保持した、あるがままの人間でありたい……》(「頭上に毀れやすいガラス細工があった頃」/辻征夫著『ゴーシュの肖像』)
十代の辻征夫が「それだけでは生活できない」とわかっていながら、詩人になりたいとおもったときの心情だという。
詩人になりたいとおもう辻征夫は「そういうことは趣味として余暇にやれ」といわれる。
批評も詩と似たような境遇になっているのではないか。
かつて中村光夫は、批評家が独立の存在として認められていないと述べた。作家の解説者、読者との仲介人という役割しか与えられていないともいう。
《もし批評する者が、批評される者に従属していたら、それだけで批評の公正さは失われ、したがって価値もなくなるのは自明のことだからです》(「批評の精神」/『批評と創作』新潮社)
ここで「批評の公正さ」という言葉が出てくる。この「公正さ」は「批評家の独立」によってしか得られないというのが、中村光夫の意見である。
趣味あるいは余暇としての批評は、批評される側に従属する必要がない。それは批評の独立といえるのか。
「批評の精神」はこんな一文でしめくくられている。
《自分の存在をかけない言葉が人を動かすはずはないという文学の鉄則は、批評にも適用されるので、この単純な原理を忘れた批評はどんなに「問題意識」にみちていようと、空疎な大言にすぎないのです》
(……続く)
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