2014/02/28

フォームとセオリー その二

 自分が「欠陥車」であると自覚せずに、急発進や急ブレーキをくりかえしていれば、どこかで故障する。体力がないのに力まかせの「フォーム」を身につけようとしてもうまくいかない。
 色川武大の「フォーム」と「セオリー」は「こうすればうまくいく」とか「ギャンブル必勝法」といった類の話ではない。
 くりかえし語られているのは、誰にでもすぐできるようなやり方は通用しないということだ。
 プロ同士の戦いではお互い「セオリー」を熟知しているから、武器にはならない。

「セオリー」を知らずにゲームに参加にすればカモにされる。つまり「セオリー」はカモにならないための最低限の知恵といってもいい。
 そして勝負どころは「セオリー」の先にある。

 もちろん基本は大事だ。しかし基本に忠実であることが、かならずしも自分に合うとはかぎらない。たとえば、その投げ方だと肩を壊すという助言されたとしても、人によっては自分の投げ方以外の投げ方をすると、どこにでもいる凡庸なピッチャーになってしまうこともある。

 もともと身体能力が高ければ、基本通りのやり方も立派に通用するだろうが、そうでなければ、何か工夫しないといけない。

 フリーランスの場合、ひとりの依頼主が「だめ」といっても、どこかで「それもありかな」といってくれる人がいれば、仕事は成立する。手っ取り早く仕事をするには、あるていど万人受けする「フォーム」も有効かもしれないが、その道は競争が激しいし、能力差がモロに出る。

 いわゆる「欠陥車」タイプは、その道を避けたほうがいい。
 変則派には変則派の「セオリー」と「フォーム」がある。

 森高夕次原作、アダチケイジ画『グラゼニ』(講談社モーニングコミックス)の三巻にこんなシーンがある。
 主人公の凡田夏之介は変則派のピッチャー(中継ぎ投手)で、あるときフォームを改造し球威がアップする。その分、コントロールが乱れるようになって、大事なところで打たれてしまう。
 その結果、自分のプロとしての生命線はスピードではなく、コントロールだと痛感する。

 このエピソードは色川武大の「セオリー」と「フォーム」の話にも通じるとおもう。
 ひとつの欠点を改めると、別の欠点が生じる。
 短所を直して、長所を失う。
 だからこそ、自分の生命線となる能力を見極める必要がある。

(……続く)

2014/02/27

フォームとセオリー その一

 毎日新聞の「日曜くらぶ」で色川武大の「うらおもて人生録」がはじまったのは、一九八三年八月七日——。
 色川武大、五十四歳のときだ。
 宇野千代の自伝『生きて行く私』の後に続いたエッセイである。

 一九八三年七月二十七日付の毎日新聞に「日曜くらぶの新連載」という記事があり、そこに「作者のことば」が掲載されている。

《ときどき私のところにも若い人たちが遊びに来る。年齢もまちまち男女さまざまだが、彼らはいずれも尻が長い。もっとも私が客好きで、なんとか接待しようとして一人でしゃべっているうちに夜がふけるのだ。若い人たちもけっこう面白がって聴いているらしい。何故なら次に来たときも尻が長いから。
 それで、ついでのことに、架空の若者諸氏と向いあっているつもりで、活字に記しつけておこうかという気になった。私は学校に行かなかったから、自分の生きるフォームを自分で造らざるをえなかった。私のセオリーが当代の若い人の参考にどれほどなるかわからぬが、その意味で、鞭(むち)もしごきもないけれど、これは私流のヨットスクールということになるかもしれない》
             *
 この連載をわたしはリアルタイムで読んでいない。
 読んだのは、二十代の半ばだろう。
 以来、この「作者のことば」の中にもある「フォーム」や「セオリー」といった言葉は、自分がものを考えるさいのキーワードになった。

《今、セオリーという言葉を使いましたが、私はこの本では、生きていくうえでの技術に焦点を合わせたつもりであります》(はじめに)

《フォームというのはね、今日まで自分が、これを守ってきたからこそメシが食えてきた、そのどうしても守らなければならない核のことだな》(「プロはフォームの世界——の章」)

 色川武大の「フォーム」と「セオリー」の話で、わたしが考えさせられたのが「欠陥車の生き方」である。

《だらしがないから、他人とスクラムが組めない。(では、できるだけ一人で生きていくよりしかたがない)
 だらしがないから、スピードを軸にすることはむりだ。(では、じっくりといこう)
 みんな、だらしのなさに起因していて、これだけ方々に伸びひろがっているのでは、この点を矯正するよりも、へんないいかただけれども、生かした方がいいのではないか、と思ったわけだね》(「欠陥車の生き方——の章」)

 欠点や欠陥というほどでなくても、人にはかならず何らかの欠落がある。
 知識に関しても、穴ボコがたくさんある。
 何かを知っていることは、何かを知らないことでもある。

 自分の「フォーム」を作るとき、「欠陥車」であることを前提に考えようとおもった。
 しかし持続に支障が出るような欠陥は、改善したほうがいい。

 若いころにうまくいった「フォーム」が、齢をとると負担が大きくなる。
 
 さて、なにから……。

(……続く)

2014/02/23

木山スタイル

 三月まであと一週間。
 慣らし運転のつもりで徐々に散歩の距離をのばす。高円寺中野間を往復する。電車で一駅分だが、中野ブロードウェイの四階まで階段をのぼったら、足にきた。

 紀伊國屋書店の『scripta』の連載「中年の本棚」も一年。季刊の連載は楽しい。でも「中年」のあり方に関してはまだ迷っている。

 二十代、三十代のころは「現状維持ではいけない」とおもっていたのだが、四十代以降は「のらりくらりでいこう」という気持になっている。

 ここ数年、下り坂仕様のライフスタイル——どうにか細々とのんびりと暮らしていけないものかと考えている。
 四十代は働き盛りだといっても、体力も気力も衰えてきている。伸び盛りの時期はすぎたとおもう。そのことを悲観するのではなく、別の価値を見いだす。たとえば、行動範囲は狭くなった分、小さな場所(近所)を大切にするとか、部屋でくつろぐ時間を充実させるとか、自炊のレパートリーを増やすとか。

 すこし前に、山口瞳著『小説・吉野秀雄先生』(文春文庫)を読んで、やはり、この本の白眉は「木山捷平さん」であるという結論に達した。

《木山さんは、文士は講演なんかするもんじゃないと言われた》

《また、小説が書けなくなったら、汚い服装で旅行して、三流旅館に泊まればよいと言われたこともあった。とくに靴はボロボロのものがよい》

 たぶん、この方向で間違いない。ただ、行けるかどうかはわからない。