ジョゼフ・ミッチェル著『マクソーリーの素敵な酒場』(土屋晃訳、柏書房)を読みはじめる。収録作は一九四〇年前後に書かれた小品。新しいとか古いとか関係ない。読めるだけで幸せ。
中でも「カモメ教授」が怪作にして傑作だ。
《快活で痩せこけた小男のジョー・グールドはこの四半世紀、グリニッジヴィレッジのカフェテリア、ダイナー、バー、そしてごみ溜めの名士だった》
ヴィレッジ界隈のバーテンダーは、彼のことを「教授」「カモメ」「カモメ教授」などと呼んだ。文無しで宿無しの自称ボヘミアン。酔うと手をバタバタしてカモメの真似をする。カモメ語でカモメに詩を聞かせていたという逸話もある。常軌を逸したグールドの言動と細密な人物描写に引き込まれる。
グールドは『口述史』というノートをずっと書き続けている。読んだ人の大半は「意味不明」と匙を投げたが、批評家のホレス・グレゴリーは『口述史』を読み、「グルードは、バワリーのサミュエル・ピープスだと思う」といった。詩人のE・E・カミングはグールドの親友だった。作家になる前のウィリアム・サローヤンは、グールドのエッセイに感銘を受け、「形式に悩むことから解放されたんだ」と語っていたらしい……のだが、どこまで本当の話なのかわからない。
デイヴィッド・レムニックは「ジョゼフ・ミッチェルについて」という小文で、『マクソーリーの素敵な酒場』のことを「ニューヨークとそこに生きる人々を描写した一連の作品は、ジョイスの『ダブリナーズ』のように鋭く、多様で、読む者に取り憑いて離れない」と評している。
「カモメ教授」には続編がある。
《「ジョー・グールドの秘密」はミッチェルの最高傑作である。いうまでもなく、最後の作品でもあった。その後は一作も出版していない。それからの三十一年と六ヵ月、ミッチェルはほぼ毎日出勤しながら、〈街の話題〉用のコラム一篇すら発表しなかった》
ジョゼフ・ミッチェルは、一九三八年に『ニューヨーカー』に雇われ、一九九六年五月二十四日、八十七歳で亡くなるまで、雑誌に残った。いったい何をしていたのか。いろいろ謎である。
wikipediaには、二〇一五年にジョゼフ・ミッチェルの伝記が刊行された件や二〇〇〇年に「ジョー・グールドの秘密」が映画化された件などが記されていた。
「ジョー・グールドの秘密」だけでなく、ミッチェルの伝記も読んでみたい。
(追記)
常盤新平著『ニューヨークの古本屋』(白水社)には《『ジョー・グールドの秘密』は二部に分かれていて、最初の「かもめ教授」は六〇年代に植草甚一さんが翻訳したのを読んだことがある》という一文も……。
2017/02/25
ジョゼフ・ミッチェルの作品集が刊行されるそうですよ
昨日はプレミアム・フライデーだったらしい。夕方のニュースで知る。わたしは午後三時くらいに起きた。
毎日十時間くらい寝ている日が続いたかとおもえば、ここのところ、二時間くらいで目が覚め、また寝直すという断続睡眠の時期に入った。季節の変わり目によくそうなる。
ジョゼフ・ミッチェル著『マクソーリーの素敵な酒場』(柏書房)、もったいなくて読めない。読むけど。しかも帯(裏)に「ジョゼフ・ミッチェル作品集、刊行開始!」とある。
常盤新平のエッセイや『マクソーリーの素敵な酒場』所収のデイヴィッド・レムニックの「ジョゼフ・ミッチェルについて」を読むと、ジョゼフ・ミッチェルの本は、アメリカではかなりの古書価がついている……らしい。
佳作で良質、わたしがもっとも好きな「小説風のエッセイ」もしくは「エッセイ風の小説」といった趣がある。
常盤新平著『明日の友を数えれば』(幻戯書房)所収の「魚市場の老人」もジョゼフ・ミッチェルのことを書いたエッセイだ。
常盤さんは『オールド・ミスター・フラッド』の原書をニューヨークの古本屋で手に入れる。鉛筆で「ファースト・エディション(初版)」と書いてある。
それからしばらくして、ペーパーバック版をアマゾンで注文した。
《ペーパーバックにはチャールズ・マクグラスという『ニューヨーカー』執筆者の序文がついている。それによると『オールド・ミスター・フラッド』は、ニューヨーク公立図書館でも「紛失」して、なかったという。その初版本は稀覯本中の稀覯本なのだそうだ。
私は初版や稀覯本を集める趣味はないが、マクグラスの序文を読んで、すごい宝物を持っているのだと思った。古本屋の値段が高かったのも納得できた》
『オールド・ミスター・フラッド』の訳者解説には「ミッチェルは『ニューヨーカー』の最もすぐれた作家だという人が多い」とある。
《ミッチェルの名前が知られるようになったのは、『マクソーリーの素敵な酒場』を書いてからだろう。ミッチェルのこの一文によって、マクソーリーズ・オールド・エール・ハウスもまた有名になった。いまや、この酒場は観光の名所でもある》
毎日十時間くらい寝ている日が続いたかとおもえば、ここのところ、二時間くらいで目が覚め、また寝直すという断続睡眠の時期に入った。季節の変わり目によくそうなる。
ジョゼフ・ミッチェル著『マクソーリーの素敵な酒場』(柏書房)、もったいなくて読めない。読むけど。しかも帯(裏)に「ジョゼフ・ミッチェル作品集、刊行開始!」とある。
常盤新平のエッセイや『マクソーリーの素敵な酒場』所収のデイヴィッド・レムニックの「ジョゼフ・ミッチェルについて」を読むと、ジョゼフ・ミッチェルの本は、アメリカではかなりの古書価がついている……らしい。
佳作で良質、わたしがもっとも好きな「小説風のエッセイ」もしくは「エッセイ風の小説」といった趣がある。
常盤新平著『明日の友を数えれば』(幻戯書房)所収の「魚市場の老人」もジョゼフ・ミッチェルのことを書いたエッセイだ。
常盤さんは『オールド・ミスター・フラッド』の原書をニューヨークの古本屋で手に入れる。鉛筆で「ファースト・エディション(初版)」と書いてある。
それからしばらくして、ペーパーバック版をアマゾンで注文した。
《ペーパーバックにはチャールズ・マクグラスという『ニューヨーカー』執筆者の序文がついている。それによると『オールド・ミスター・フラッド』は、ニューヨーク公立図書館でも「紛失」して、なかったという。その初版本は稀覯本中の稀覯本なのだそうだ。
私は初版や稀覯本を集める趣味はないが、マクグラスの序文を読んで、すごい宝物を持っているのだと思った。古本屋の値段が高かったのも納得できた》
『オールド・ミスター・フラッド』の訳者解説には「ミッチェルは『ニューヨーカー』の最もすぐれた作家だという人が多い」とある。
《ミッチェルの名前が知られるようになったのは、『マクソーリーの素敵な酒場』を書いてからだろう。ミッチェルのこの一文によって、マクソーリーズ・オールド・エール・ハウスもまた有名になった。いまや、この酒場は観光の名所でもある》
2017/02/23
ジョゼフ・ミッチェル
まもなく、ジョゼフ・ミッチェル著『マクソーリーの素敵な酒場』(土屋晃訳、柏書房)が刊行。柏書房のホームページで表紙を見る。装丁かっこいい。ジョゼフ・ミッチェルは、一九〇八年、アメリカのノースカロライナ生まれ。「ニューヨーカー」のスタッフ・ライターをしていた。
一九九六年に亡くなっているが、この年、『オールド・ミスター・フラッド』(常盤新平訳、翔泳社)が刊行されている。「マクソーリーの素敵な居酒屋」も入っている。
常盤新平著『私の「ニューヨーカー」グラフィティ』(幻戯書房、二〇一三年刊)に「二番街ウクライナ村」というエッセイがある。
常盤さんはマンハッタンのパール・ストーリート(この通りは『オールド・ミスター・フラッド』の舞台)を歩いていると、ジェローム・ワイドマンの自伝小説『東四丁目』(常盤新平訳、紀伊國屋書店、二〇〇〇年刊)をおもいだす。
《のちに私はこの本を翻訳したが、評判にもならず初版でおわってしまって、愛着のある作品だっただけに、ひどく落胆した》
それからパール・ストリートから西のほうにどんどん歩く。
そして——。
《たしか東七丁目にはニューヨーク最古の酒場マクソーリーズがある。この酒場についてはジョゼフ・ミッチェルが書いたものを読んでいた。それで私は下町を材にとったミッチェルの愛読者になった》
常盤新平編・訳『サヴォイ・ホテルの一夜 ニューヨーカー・ノンフィクション』(旺文社文庫)にもジョゼフ・ミッチェルの作品が二篇(「メイジー」「マックソーリーの素敵な居酒屋」)が収録されている。
……続きはまた後ほど。
一九九六年に亡くなっているが、この年、『オールド・ミスター・フラッド』(常盤新平訳、翔泳社)が刊行されている。「マクソーリーの素敵な居酒屋」も入っている。
常盤新平著『私の「ニューヨーカー」グラフィティ』(幻戯書房、二〇一三年刊)に「二番街ウクライナ村」というエッセイがある。
常盤さんはマンハッタンのパール・ストーリート(この通りは『オールド・ミスター・フラッド』の舞台)を歩いていると、ジェローム・ワイドマンの自伝小説『東四丁目』(常盤新平訳、紀伊國屋書店、二〇〇〇年刊)をおもいだす。
《のちに私はこの本を翻訳したが、評判にもならず初版でおわってしまって、愛着のある作品だっただけに、ひどく落胆した》
それからパール・ストリートから西のほうにどんどん歩く。
そして——。
《たしか東七丁目にはニューヨーク最古の酒場マクソーリーズがある。この酒場についてはジョゼフ・ミッチェルが書いたものを読んでいた。それで私は下町を材にとったミッチェルの愛読者になった》
常盤新平編・訳『サヴォイ・ホテルの一夜 ニューヨーカー・ノンフィクション』(旺文社文庫)にもジョゼフ・ミッチェルの作品が二篇(「メイジー」「マックソーリーの素敵な居酒屋」)が収録されている。
……続きはまた後ほど。
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