2017/07/31

乗り換え

 土曜日、西部古書会館、大均一祭の初日。十四冊。満腹。ではなく、満足。夜、仙台から上京中の高橋創一さんと三軒ハシゴ。

 月曜日、ささま書店、象のあし書店、Title。象のあし、半額セール中だった。Titleで阿佐田哲也著『三博四食五眠』(幻戯書房)を買う。帯に「色川武大 単行本・全集未収録随筆集 近日刊行」とある。これは愉しみ。

 電車で田辺聖子著『老いてこそ上機嫌』(文春文庫)を読む。田辺聖子より箴言集を刊行している作家はおもいつかない。

《若さ・美貌・才気などというのも、一生持ちつづけて終点へ到着できるといちばんいいのだが、こういうのは、わりと早く乗り換えの駅がくる、またこういうのに乗ってる人ほど、乗り換え駅に気付かないのだ》(『乗り換えの多い旅』)

 若さが武器になる期間は短い。

 田辺聖子のエッセイだと『星を撒く』(角川文庫)と『乗り換えの多い旅』(集英社文庫)が好きだ。田辺聖子の箴言集もこの二冊からの引用が多い。『乗り換えの多い旅』は、一九八〇年代後半に『暮しの手帖』で連載していた。『暮しの手帖』の連載は『死なないで』(文春文庫)もそうだったかな。今、いろいろな作家の四十代から五十代にかけての随筆が気になっている。

2017/07/28

今日一日

『ハズリット箴言集』(中川誠訳、彩流社)を読んでいたら、ハズリットではなく、モンテーニュの言葉なのだが、勇気づけられる一節があった。

《「今日一日何もしなかった」と嘆く者に向かってモンテーニュが言っている。
「なに? 何もしなかっただって? とんでもない。君は今日一日を生きたではないか?」
 生きるということは大変なことなのだ》

 何もしないどころか、何もしないでずっと家にこもっていたほうがマシだったという日もある。

2017/07/27

月一の古典

 出版の世界には、GW進行、お盆進行、年末進行とスケジュールが前倒しになる時期がある。その時期をどうのりきるか。いつまで経っても慣れない。
 仕事と関係ない古本を読む。ラジオでプロ野球のナイターを聴く。家事をする。酒を飲む。いずれかの時間を削らないとしめきりに間に合わない。でも削ると、調子が出ない。

 すこし前に古今東西の古典をいろいろ紹介する仕事をした(刊行は来月末頃)。「人間関係」の悩みは、数百年という単位でも大きな変化がない。それだけ解決することがむずかしいともいえる。

 仕事の合間、湯浅邦弘『別冊NHK100分de名著 菜根譚×呻吟語』を読む。わかりやすいし、おもしろい。『菜根譚』は高度成長期にベストセラーになったり、政治家や経営者の愛読書になったりしているのだが、内容からすれば、(零細)自由業者向きのところもある。なるべく競争を避けたほうがよいと説く処世術の本だし、「読む薬」としても重宝している。慌ただしい日々をすごしているときに読むと平熱に戻るかんじだ。
『菜根譚』は、文献によって刊行された時期がバラバラなのだが、『別冊NHK100分de名著』の年表には一五九一年(万暦19年)に出版とある。これが定説ということでいいのだろうか。

 どんなに忙しいときでも月に一冊くらいは古典を読んだほうがいい。というのは、文芸評論家の十返肇の教えだ。すぐ忘れてしまうが。