二十三日、今年の最後の西部古書会館。久々の初日に行く。午後二時すぎだが。ここ数年、西部古書会館には二日目、日曜日に行くことが多かった。「いい本を安く買いたい」「掘り出し物を見つけたい」といった欲求よりも「ゆっくり棚を眺めたい」という気持のほうが強くなったからだ。初日に行くと、本を買いすぎてしまう。今のわたしはそんなに買っても読む時間はないとブレーキを踏んでしまう。本の置き場所もない。
今、大掃除の途中である。四日目。年中、本の整理はしているのだが、それでも増える。あと紙の資料(雑誌のコピー)が増える。
「自分はこれから何をしたいのだろう」と考えながら、取捨選択をする。時間がかかる。それをしないと先に進めない。
小野博著『日本の本日』(orangoro)を読んだとき、このエッセイを気にいるだろうとおもう本好きの岡山出身の友人のことをおもいだした。すこし外出して家に戻ると、小野博著『Line on the Earth』(エディマン)が届いていた。掃除の途中、読みふけってしまう。学生時代、阿佐ヶ谷に住んでいたこともあるのか。読後、もういちど『日本の本日』を読み返した。掃除が終わらない。
2017/12/23
レエン・コオト事件
はじめて読んだ小沼丹の本は『小さな手袋』だったか。単行本の『小さな手袋』(小澤書店)は、古本屋の目録で買った気がする。そのあと講談社文芸文庫で買い直した。今、単行本は手元にない。
「大先輩」という随筆はこんな一文からはじまる。
《青野季吉氏はたいへん怒りっぽかった》
青野季吉はどうでもいいようなことで立腹する。面倒くさい人だ。
《しかし、青野さんが一番怒られたのは、或る会合の席である。妙な事情があって会が荒れて、青野さんは憤然として席を立った。僕は幹事だったから、出口まで送って行ったら青野さんはレエン・コオトを忘れたと仰言る。レエン・コオトを探して持って行くと、青野さんは今度は僕に食って掛った。
——先輩が帰るときは、黙っていても後輩はレエン・コオトぐらい持って来て着せ掛けるべきだ。それがヒユウマニズムだ。
大体、そんな意味のことを云われた》
『藁屋根』の「竹の会」にも書かれていた「レエン・コオト事件」である。小沼丹は青野季吉に「そんなヒユウマニズムは御免蒙る」といって、自分の席に戻る。それからしばらく酒場で会っても、お互い、顔を合わせないような関係が続いた。
小沼丹のエッセイを読むと、青野さんは怒りんぼうで酒癖のわるい厄介な人のようにおもえるのだが、昔からわたしは青野季吉の文章が好きである。名文家だとおもっている。
《誰でもさうであらうが、朝々にはまへの日やまへの夜にやつたこと、言つたことが、いろいろ氣になつたり、省みられたりするものだ。そして私など、どんな一日でも、美しく、滿足に、ひとに誇れるやうな生き方をしたことがないので、今日こそは祈るやうな氣持になるが、やはり駄目だ》
青野季吉著『經堂襍記』(筑摩書房、一九四一年刊)の一節。この文章を書いていたころ、青野季吉は夜型から朝型に切り替えようとしていた。
《讀む時間、考へる時間、書く時間、遊ぶ時間、眠る時間を、どう割り當てていいか當惑して、結局は出鱈目になつて仕舞ふ。私にもひと並に釣をしたり、畑仕事をやつたり、碁將棋に費す時間があつていい筈なのだが、まるでそれが無い。不思議なやうな本當の話である。自分でも不思議でたまらない》
『經堂襍記』は、身辺雑記と本の感想をとりとめもなく綴ったかんじの本で、そのぐだぐだ感が素晴らしい。
『小さな手袋』の「お墓の字」は、谷崎精二が井伏鱒二に墓の字を書いてほしいとごねる話。このエピソードも「竹の会」に書いている。
「大先輩」という随筆はこんな一文からはじまる。
《青野季吉氏はたいへん怒りっぽかった》
青野季吉はどうでもいいようなことで立腹する。面倒くさい人だ。
《しかし、青野さんが一番怒られたのは、或る会合の席である。妙な事情があって会が荒れて、青野さんは憤然として席を立った。僕は幹事だったから、出口まで送って行ったら青野さんはレエン・コオトを忘れたと仰言る。レエン・コオトを探して持って行くと、青野さんは今度は僕に食って掛った。
——先輩が帰るときは、黙っていても後輩はレエン・コオトぐらい持って来て着せ掛けるべきだ。それがヒユウマニズムだ。
大体、そんな意味のことを云われた》
『藁屋根』の「竹の会」にも書かれていた「レエン・コオト事件」である。小沼丹は青野季吉に「そんなヒユウマニズムは御免蒙る」といって、自分の席に戻る。それからしばらく酒場で会っても、お互い、顔を合わせないような関係が続いた。
小沼丹のエッセイを読むと、青野さんは怒りんぼうで酒癖のわるい厄介な人のようにおもえるのだが、昔からわたしは青野季吉の文章が好きである。名文家だとおもっている。
《誰でもさうであらうが、朝々にはまへの日やまへの夜にやつたこと、言つたことが、いろいろ氣になつたり、省みられたりするものだ。そして私など、どんな一日でも、美しく、滿足に、ひとに誇れるやうな生き方をしたことがないので、今日こそは祈るやうな氣持になるが、やはり駄目だ》
青野季吉著『經堂襍記』(筑摩書房、一九四一年刊)の一節。この文章を書いていたころ、青野季吉は夜型から朝型に切り替えようとしていた。
《讀む時間、考へる時間、書く時間、遊ぶ時間、眠る時間を、どう割り當てていいか當惑して、結局は出鱈目になつて仕舞ふ。私にもひと並に釣をしたり、畑仕事をやつたり、碁將棋に費す時間があつていい筈なのだが、まるでそれが無い。不思議なやうな本當の話である。自分でも不思議でたまらない》
『經堂襍記』は、身辺雑記と本の感想をとりとめもなく綴ったかんじの本で、そのぐだぐだ感が素晴らしい。
『小さな手袋』の「お墓の字」は、谷崎精二が井伏鱒二に墓の字を書いてほしいとごねる話。このエピソードも「竹の会」に書いている。
2017/12/21
日本の本日
年内の仕事が終わった。といっても、校正が残っていたり、年明けすぐのしめきりもあるのだが、とにかく一年乗りきった。「どうにかしのいだ」といったかんじだ。毎年同じような一年のくりかえしのようで、同じ一年にあらず。
夕方、新宿のち神保町。神田伯剌西爾で、新刊の小野博著『日本の本日』(orangoro)を読みはじめる。この題名は無視できない。大当たりだ。エッセイと写真——どちらも素晴らしい。一九七一年生まれ(たぶん、早生まれ)でほぼ同世代ということもあって、読んでいるうちに、いろいろ記憶がよみがえってくる。ものの見方、考え方に共感するところも多かった。
小野さんは岡山出身の写真家でオランダに十五年住んでいる。
東日本大震災後、日本中を旅行するようになった。子どものころから今に至るまでの「日本」と「自分」の回想――観察と洞察も深い。
「小野さん、幸せ?」というエッセイは東京で会社勤めをしていたころの話である。
《残業なしでは到底処理できない仕事量を任され、予算がないからという理由で人手が増やされることはなく、納期だけは必ず守るように言われる。日本人の誠実さ、忍耐強さが、不景気による経営不振の埋め合わせに利用されていた。
電車に揺られながら、「あと四〇数年、こんなこと続けられるだろうか?」と自分に問いかけてみる。その答えは、「無理」だった》
数年後、小野さんは「仕事=人生」ではない生き方を求めてオランダに移住した。
わたしも「仕事=人生」とはおもっていない。若いころから、なるべく働かずに食べていくことばかり考えてきた。いちども定職に就いたことはないし、その選択に悔いはない。それでも「仕事=人生」という価値観の呪縛はおもいのほかきつい。
「あの時、壊されたもの」というエッセイは、会社を辞め、派遣社員として働いていたときのことをこんなふうに綴っている。
《ある日、一年分の収入と支出を計算してみた。僕は家賃のために五ヶ月、食費のために二ヶ月、国民年金と交通費と通信費のためにそれぞれ一ヶ月働いていることがわかった。ただ生きていくためだけに、収入一〇ヶ月分が消えてなくなっている事実に愕然とした》
ほかにも「ヤンキーと僕」がよかった。中学時代に親しかったヤンキーの級友の話なのだが……内容は手にとって読んでほしい。
家に帰って、すぐ小野さんの『ライン・オン・ジ・アース』(エディマン)と『世界は小さな祝祭であふれている(新装版)』(モ・クシュラ)を注文した。早く読みたい。
夕方、新宿のち神保町。神田伯剌西爾で、新刊の小野博著『日本の本日』(orangoro)を読みはじめる。この題名は無視できない。大当たりだ。エッセイと写真——どちらも素晴らしい。一九七一年生まれ(たぶん、早生まれ)でほぼ同世代ということもあって、読んでいるうちに、いろいろ記憶がよみがえってくる。ものの見方、考え方に共感するところも多かった。
小野さんは岡山出身の写真家でオランダに十五年住んでいる。
東日本大震災後、日本中を旅行するようになった。子どものころから今に至るまでの「日本」と「自分」の回想――観察と洞察も深い。
「小野さん、幸せ?」というエッセイは東京で会社勤めをしていたころの話である。
《残業なしでは到底処理できない仕事量を任され、予算がないからという理由で人手が増やされることはなく、納期だけは必ず守るように言われる。日本人の誠実さ、忍耐強さが、不景気による経営不振の埋め合わせに利用されていた。
電車に揺られながら、「あと四〇数年、こんなこと続けられるだろうか?」と自分に問いかけてみる。その答えは、「無理」だった》
数年後、小野さんは「仕事=人生」ではない生き方を求めてオランダに移住した。
わたしも「仕事=人生」とはおもっていない。若いころから、なるべく働かずに食べていくことばかり考えてきた。いちども定職に就いたことはないし、その選択に悔いはない。それでも「仕事=人生」という価値観の呪縛はおもいのほかきつい。
「あの時、壊されたもの」というエッセイは、会社を辞め、派遣社員として働いていたときのことをこんなふうに綴っている。
《ある日、一年分の収入と支出を計算してみた。僕は家賃のために五ヶ月、食費のために二ヶ月、国民年金と交通費と通信費のためにそれぞれ一ヶ月働いていることがわかった。ただ生きていくためだけに、収入一〇ヶ月分が消えてなくなっている事実に愕然とした》
ほかにも「ヤンキーと僕」がよかった。中学時代に親しかったヤンキーの級友の話なのだが……内容は手にとって読んでほしい。
家に帰って、すぐ小野さんの『ライン・オン・ジ・アース』(エディマン)と『世界は小さな祝祭であふれている(新装版)』(モ・クシュラ)を注文した。早く読みたい。
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