2018/08/30

近況

 先日、『本の虫の本』(創元社)という活字中毒者向けの本本を刊行。筆者は林哲夫さん、能邨陽子さん、田中美穂さん、岡崎武志さん、それとわたし。イラストは赤井稚佳さんが担当。先にお題を提出し、それについて書くかんじだったのだが、わたしは半分以上、テーマを変えてしまった。編集、大変だったにちがいない。
 今年の一月末、大阪で打ち合わせ。本の虫はメガネ率が高い。そのあと紀伊半島をまわった。ずいぶん昔のことにおもえる。

 それから来月、ちくま文庫から出る山川直人さんの『ハモニカ文庫と詩の漫画』の解説を書いた。単行本の『ハモニカ文庫』に江戸川乱歩、尾形亀之助、菅原克己の詩や小説を漫画化した作品が収録されている。解説を書くとき『ぐるり』の南陀楼綾繁さんのインタビューを参考にした(山川さんの特集号)。尾形亀之助の漫画はちょっと意外な作品だった。

 水曜日、神保町。一年以上前からの懸案だったメガネのレンズを交換する。もともと読書用に弱めの度数にしているのだが、外出時(とくに旅行のとき)は看板や標識が見えずらくて、不便だった。釣堀で浮子の動きが見えないのも困る。
 店に入った途端、「前にもお越しになっていますね」といわれる。六年前にレンズの交換をしているのだが、店舗の場所はちがう。
 メガネのフレームはブラックジャーナリズムの仕事をやめたころに新調した。二十三年前だ。もう一本の予備のメガネは二〇〇二年の秋くらいに買った。その後、二本のメガネのレンズを交互に取り換え、今に至る。視力を測ると、右目の乱視も進んでいた。メガネをかけても〇・四しか見えない。〇・八まで上げてもらう。

 レンズ交換のあいだ、神田伯剌西爾でコーヒー。澤口書店で東海道関係の本を数冊。あと一九九一年度版の『渓流の釣り』というムックを買う。
 都道府県ごとの川のMAPがあるのだが、長野と岐阜は川が多い県であることを知る。山といえば川——というのは、人の言葉に反対することのたとえ(右といえば左みたいな意味)だが、山があれば川があるのは当然のような気がする。釈然としない。

『渓流の釣り』では中山道の奈良井宿の近くの奈良井川も取り上げられていた。街道と川というテーマも興味がある。
 東海道は、わざと橋をかけず(江戸を守るためだったらしい)、川の水かさが増すと通れなかった。雨が降ると宿場町が儲かる。

 新しいレンズにして視界が明るくなった。家だと床が傾斜しているかんじに見える。メガネ店で遠近両用のレンズも試してみたが、新聞が読みやすかった。レンズの下半分が度が弱い。そういう構造だったのか。

 もう一本、眼鏡がほしくなる。

2018/08/29

散歩と旅行

 得体の知れない人物から逃げていて、抜け道の小さな扉を見つけたら、タオルがぎっしり詰まっていて……という追われる夢を見て目が覚める。疲れているのかもしれない。

 月曜日、昼から荻窪散歩。ささま書店、タウンセブン、ルミネの地下の食料品売り場をまわる。先月、焼鯖の瓶詰を買っていた近所の店が閉店し、困っていたのだが、荻窪ルミネの地下で売っていた。帰りは高円寺まで歩く。
 荻窪に行くと、ジャンボ総本店のたこ焼(値下品)を買っていたのだが、高円寺にもできた。高円寺はすこし前に築地銀だこもオープンした。たこ焼がきてるのか。何年か前の話だけど、高円寺の北口のひっぱりだこという店がなくなった。好きな店だった。たこ焼といえば、中野の南口のたこまるにも行く。ソースではなく塩のたこ焼。たこ焼の味はまだまだ可能性があるはずだ。

 ささま書店では街道本。太田三郎著『中山道 美濃十六宿』(大衆書房)などを買う。読みたい本が変わると、棚の見方も変わる。「道」という言葉にすぐ反応してしまう。
 木曽路、美濃路など、検索語句が増えるにつれ、探求書も増えていく。中山道、知らない町ばかりだ。この感覚は三十歳前後にアメリカのコラム本を探していたときとも似ている。

 平凡社の「太陽」コレクションやカラーブックスの街道本がいい。今井金吾の街道本がこの分野の基本文献になるのだろうか。本を探すにも知識がいる。最初、街道本がどこの棚にあるのかすらわからなかった。旅とか地理とか歴史とか。あと山岳の本の近くにもある。

 部屋の掃除をしていたら文藝春秋SPECIALの「老後の楽園」の号が出てきた。二〇一二年の秋号。昔から余生をどこで過ごすかということを考えるのが好きだった。
 三重県は松阪市の殿町付近が取り上げられている。松坂城跡の周辺だ。昔、母は鵜方のあたりに住みたいといっていた。わたしは伊勢湾フェリーに乗って以来、鳥羽が好きになった。郷愁というか、田舎にいたころは関心が本や音楽に向いていたから、土地のよさに気づけなかった。

 おもしろいことをいっぱい見逃してきた。後悔はないが、焦りはある。旅行したい。

2018/08/26

井伏鱒二と甲州

 日曜日、西部古書会館。街道と宿場関係の本を手あたりしだいに買う。十五冊。山梨関係の本も買う。三千円。一冊平均二百円。今、古道まで研究の範囲を広げるかどうか迷っている。古代史までいくと収拾がつかなくなりそうだが、街道沿いは古墳も多いのだ。

 井伏鱒二著『太宰治』(中公文庫)を読んでいたら「甲府」「甲州」という言葉が頻出する。井伏鱒二は、深沢七郎との対談でも余生を甲府で釣り(隠居釣り)をして過ごしたいというようなことを語っていた。太宰治も一時期、甲府で暮していた。太宰作品の中でわたしは「十五年間」という作品が好きなのだが、とくに印象に残っているのが次の部分だ。

《私のこれまでの生涯を追想して、幽かにでも休養のゆとりを感じた一時期は、私が三十歳の時、いまの女房を井伏さんの媒酌でもらって、甲府の郊外に一箇月六円五十銭の家賃の、最小の家を借りて住み、二百円ばかりの印税を貯金して誰とも逢わず、午後の四時頃から湯豆腐でお酒を悠々と飲んでいたあの頃である。誰に気がねも要らなかった》

 初出は一九四六年四月。『グッド・バイ』(新潮文庫)に所収。後半、支離滅裂になる。そこもいい。

 わたしは高円寺という町が好きだし、できることならずっとこの町で暮らし続けたい。といっても、お金がないと東京生活はきつい。都内で高円寺以外の場所に住む気がない。高円寺を離れるなら東京の外に出たい。
 その候補地のひとつは山梨だ。移住するかどうかはさておき、高円寺から各駅電車で二時間——都心と逆方向に向かう電車だから空いていて、のんびり行けるのもいい。

 井伏鱒二の『太宰治』に「点滴」という随筆が収録されている。

《甲府に疎開していたその友人は、甲府の町が戦災にあうまで一年あまり甲府の町はずれにいた。そのころ私も甲府市外に疎開していた関係から、よく甲府の町に出かけて梅ヶ枝という宿屋へ夕飯を食べに行った》

《彼の死後、私は魚釣にますます興味を持つようになった。ヤマメの密漁にさえも行きかねないほどである。甲州の谷川が私の釣場所になった》

 その友人、彼は太宰治ですね。井伏鱒二が疎開していたのは、たしか石和温泉のちかくだったとおもう。