2021/01/03

寝正月

 年末の掃除中、右手の指に木の破片(極小)が刺さり、抜けなくなった。二日ほどキズパワーパッドを貼っていたら、その破片が浮き出てきて無事除去することができた。些細なことだが、嬉しい。

 毎日しょうが入りのけんちん汁かみそ汁を作る。寒いのはつらいが、温かいものはうまい。外から帰ってきて、角のお湯割りを飲むと、からだがふわっとする。よきかな。
 冷えと疲れは万病のもと——たぶん、この古来からの教えはまちがっていない。
 わたしの場合、気が滅入っているときも、からだが冷えているか疲れていることが多い。

 だから正月にコタツでお湯割りを飲んでいると、人として正しい行いをしている気がする。

 今年の初読は山田風太郎の『コレデオシマイ。』(角川春樹事務所)。そのあと『いまわの際に言うべき一大事なし。』『ぜんぶ余禄』(同)も読み返した。

《とにかく人生というものは偶然だと思っているからね、この世界におるのも偶然だし》(『コレデオシマイ。』)

《よくいうことだが、日本にこれほど幸福な五十年は、いままで、一回もないからね》(『いまわの際に言うべき一大事なし。』)

《元旦の朝から酒を飲んで、気がついたら、いつの間にか四日がとうに過ぎている(笑)》(『ぜんぶ余禄』)

 大らかな(いい加減な)酔言が心地いい。今年もよろしく。

2020/12/28

都丸書店のこと

 土曜日、改装したばかりのコクテイル書房へ。カウンターがすこし移動し、奥のほうが秘密基地(缶詰工場の予定?)みたいになっていた。日曜日、西部古書会館。一九九六年五月〜九七年三・四月の『旅行人』バックナンバー——宮田珠己さんの連載「社員の星(シャイン・オブ・スター★)」の掲載号を買う(『わたしの旅に何をする。』幻冬舎文庫にも収録) 

 数日前、高円寺の都丸書店閉店の件を知った。
 平日の夕方、店の前を通っても閉まっていることが多い。都丸書店の本店は中通り側、ガード下側と入口がふたつある。わたしは薄暗いガード側のほうから入ることが多かった。

 一九八九年秋に高円寺に引っ越した。下見をかねて町を散策したとき、都丸書店で古本を買った。ガード下の中古レコード屋のRARE(レア)にも寄った。RARE高円寺店は昨年四月末に閉店した。そのあと中通りの二階の喫茶ルバイヤートに入り、買ったばかりの本を読んでいたら、会計のさい、マスターに「古本好きなの?」と話しかけられ、古書即売展一覧のチラシをもらい、西部古書会館通いがはじまった。

 はじめて本の買取をしてもらったのも都丸書店だ。査定中、緊張したが、予想よりもいい値段で買い取ってもらい、本を買ったり売ったりする面白さを知った。

 都丸書店に関しては、社会科学系の本店ではなく、人文系の分店に通っていた。ガード下の分店は、大きな壁をぐるっと均一本が囲み、歩いているだけで大量の背表紙が目に入ってくる。かならずほしい本がある。知らない作家、知らない出版社の本が目に入る。それがどれほど恵まれた環境だったか。
 だから今回の本店より支店(その後、藍書店)がなくなったときのほうが喪失感は大きい。

 上京したころの高円寺のガード下には小雅房、それから球陽書房の分店もあり、散歩の巡回ルートだった。昼すぎに球陽書房の分店に行くと、店の人が焼酎を飲んでいたり、出前のラーメンを食べていたりしていた。そのゆるいかんじも好きだった。

 厳しい時期だからこそ、古本に救われる人はいる。自分もそのひとりだ。

2020/12/22

街道と路

 先週の火曜日から貼るカイロ生活がはじまった。防寒と腰痛予防である。今年の春先に買ったカイロがまだ残っている。
 一年経つのが早い。しかし昨年の十二月はけっこう昔のことにおもえる。今年は時間の流れ方が変だった。

 火曜日、座・高円寺「本の楽市」(十二月十九日~二十五日)に行く。
 植田正治=写真、石塚尊俊=文『出雲路旅情』(朝日新聞社、一九七一年)などを買う。朝日新聞社のカラーシリーズは『飛騨路の四季』や『花の大和路』といった街道本もある。

 街道の本を探すさい、信濃路や木曽路の「路」の字は重要なキーワードだ。どれだけあるのかわからない。さらに宿場町の本も膨大にある。知れば知るほど、未知の本が増えてゆく。

 出雲は一度だけ行ったことがある。青春18きっぷで東京から博多まで行って、帰りも18きっぷで日本海側の町をあちこち途中下車しながら新潟へ——四泊五日の旅だった。たしか福岡ドームがオープンした年だから一九九三年だ。球場でホークスの試合を観たが、記憶がない。

 そのころ二十五歳までに四十七都道府県を踏破するという目標を立てていた。予備校のPR誌の仕事でいろいろな講演会やシンポジウムを原稿にまとめる仕事をしていて、北海道から九州まであちこち出かけた。ついでに古本屋と中古レコード屋をまわった。もっと早く街道に興味を持っていれば——とおもうが、悔やんでも仕方がない。古本やレコードを背負って街道歩くのはきつかったにちがいない。