九月、雨続き。日課の散歩(晴れの日一万歩、雨の日五千歩)も一日四、五千歩くらいの日が続いていた。
先週、近所の飲み屋で『フライの雑誌』の堀内正徳さんと飲んでいて、八王子と横浜をつなぐ「絹の道(浜街道)」の話になった。
堀内さんは絹の道資料館(八王子市)に行ったことがある(フライの雑誌社からも近い)。
同資料館の近くには旧鎌倉街道の未舗装の古道(鑓水峠)が残っている。鑓水峠のあたりを歩きたい。そんな話をした。「行きましょう」となった。
九月十一日(金)、午後一時にJR中央線豊田駅で待ち合わせ。堀内さんの車で絹の道資料館に向かう。資料館の人に挨拶し、車を停め、大塚山公園まで歩いた。
午前中、雨が降ったので道がぬかるんでいる。石の上を歩くと滑る。樹木が生い茂っている。森の中を歩いている感じだった。釣人の堀内さんはそういう道に慣れている。
大塚山公園の前に「絹の道」の碑がある。
馬場喜信著『浜街道 「絹の道」のはなし』(かたくら書店新書、二〇〇一年)の「大塚山公園 道了堂のあと」にこの碑の話が出てくる。
《この「絹の道」の碑は、一九五七(昭和三二)年に、故橋本義夫氏(一九〇二~八五)が中心となって建てたもので、浜街道を日本のシルクロードとして、すっかり有名にした記念碑です》
古道の坂道を二十分くらい歩いて大塚山公園へ。かつては道了堂という御堂があったが、今はない。
《道了堂は、鑓水商人の没落とともにおとろえてゆき、ついに、一九六三年(昭和三八年)に廃寺となりました》
《大塚山は江戸時代のむかしから「十二州見晴らし」と呼ばれて、人々によく知られていました》
この日、曇り空で山は見えなかった。大塚山公園のすぐ近くの道(古道ではない)から八王子市内を一望することができた。多摩丘陵の地形も面白い。
公園からの下り道。歩幅を小さく、ゆっくり歩いていたのだが、足が滑り、一度転んで尻もちをついた。
古道の入口に戻り、絹の道資料館。「大塚山道了堂境内図」という古い絵図がよかった(富士山、筑波山、江ノ島鎌倉、伊豆大島なども描かれていた)。八王子から筑波山が見えた……というのは信じられない(たぶん見えた)。
浜街道(絹の道)は、神奈川往還、武蔵道、町田街道(一部)などの名もある。同じ街道でも場所ごとに名前が変わる。そのあたりは川と似ている。
さらに資料館周辺の一里塚(最初、場所がわからず)、道標を見て、鑓水諏訪神社に行く。急な石段(雨のあとは怖い)を慎重に登る。
街道歩くようになって以来、自分が小柄でよかったとおもうことが増えた。たぶん体が小さい人のほうが坂道に強い。長距離歩行も向いている。転んだときのダメージも小さい(昔から受け身だけは得意だった)。
帰りは八王子駅まで送ってもらう。八王子も甲州街道の宿場町である。コーヒー好きの堀内さんに案内してもらった歓楽街の喫茶店(憩)、居心地よかった。