一月十五日から昨日までアルコール抜きの生活を送っていた。正月ボケその他で一月中の仕事の大半が月末にズレこんで身動きとれなくなっていた。インターネットで買った古本も封をあけずにそのまま放置していたので、何を買ったか忘れた。さっき封をあけたら常盤新平著『高説低聴』(講談社、一九八四年刊)だった。けっこう古書価が上がっている本だけど、幸いにも定価くらいで買えた。
昨晩、二週間ぶりのウイスキーはうまかった。一杯目がからだにしみる。たまたま来ていた松田友泉さんたちの『BOOK5』の打ち上げ(?)にまざる。
仕事がたてこんでいても二時間くらいなら飲んでも支障はない。ただし、飲みはじめて二時間で切り上げる意志がない。今年の課題にしよう。
土曜日、午前中に起きて、西部古書会館の均一祭。初日は二百円。二日目は百円。英米文学の文芸評論の本、スポーツ関係の本などを買う。明日もたぶん行く。
新刊本では田中小実昌の単行本未収録作品集『くりかえすけど』(幻戯書房)と福田恆存著『人間の生き方、ものの考え方 学生たちへの特別講義』(文藝春秋)が気になる。
福田恆存の本は文春学藝ライブラリーで復刊されているが、その考え方は今も色褪せていない。均衡の精神を体現していた評論家だったとおもう。
部屋にひきこもっていたあいだ、インターネットの言説をあれこれ見ていて「お花畑」という言葉を知った。いわゆる平和主義者やリベラリストに向けた罵倒文句のようだ(頭の中が「お花畑」で現実を何もわかっていないみたいな意味)。
今も昔も現実と理想が折り合う着地点を見出すためのすり合わせ作業をせず、レッテル貼りで斬り捨て合うだけの議論が溢れている。
譲歩や妥協を提案する立場の人は、たいてい板挟みにあって、対立陣営のどちらからも批判されがちだ。
賛成反対中立……どの立場であろうと、それぞれのエゴがあって、エゴを自覚しないかぎりあらゆる議論は不毛になる……と言い切ってしまうと語弊が生じそうなので、またひまを見つけて、この話の続きを書く……予定。
2015/01/25
作家のシルエット
高円寺駅の自動改札が改装され、きっぷとスイカが両方利用できる改札がふたつに減っていた。ふたつといっても、切符で出る人と入る人もいるので、乗降客の多い時間帯はつかえる改札はひとつしかなくなる。不便だ。
年が明けてから電車にもあまり乗っていなかったことに気づく。
仕事が終わらず、一週間以上外で飲んでいない。うどんと雑炊の日々。ほとんど病人のような生活である。一日の大半は頭がぼーっとしている。三月中旬くらいまで、この調子でどうにかやりくりするしかない。
日曜日、高円寺の古書展二日目。のんびりと本を見る。八冊ほど買って、千五百円。
J・サザーランド編『作家のシルエット 立ち話の英文学誌』(船戸英夫編訳、研究社出版、一九七九年刊)は立ち読みしてよさそうだったので買う。
イギリスの作家のエピソード集といったかんじの本だ。軽い文学読み物は好きなのだが、海外のものは知識不足で、探すのがむずかしい。とにかくたくさん背表紙を見て、手にとるしかない。
ロマン派の詩人、パーシー・ビッシ・シェリーの逸話——。
《シェリーは…いつも本から目を離さなかった。食事の際もテーブルの上に本が開いていた。紅茶もトーストも無視され、無視されないのは本の著者だけだった。マトンやじゃがいもは冷えきっても、本への興味は冷えることがなかった。(中略)ベッドにも本を持ち込み、ローソクが消えるまで読み、眠っている間だけはじっと我慢して、明るくなると暁方からまた読み始めるのだった》(読書気違いの居眠り)
エドワード・フィッツジェラルドが英訳した『ルバイヤート』にまつわるエピソードもおもしろい。
彼は訳した原稿を編集者に送ったが、出版される見込みがなく、一八五九年二月に自費出版した。
《褐色の表紙の小さな四折本で、古本屋のバーナード・クォリッツが二シリング六ペンスで売りに出した。ほとんど買い手がつかなかったので、一シリングに値引きし、ついには、店の外の「どれでも一ペンス」の箱に入れられてしまった。そこでようやく通りがかりの人に数冊買われたのであった》(ぞっき本の出世)
その後、ある有識者の手にわたり、話題になり、あっという間に『ルバイヤート』は一ギニー(二一シリング)まで急騰したそうだ。均一本が定価の十倍以上の値段に……。
ちなみに、このフィッツジェラルド版の『ルバイヤート』は、辻潤が邦訳(完訳ではない)している。
年が明けてから電車にもあまり乗っていなかったことに気づく。
仕事が終わらず、一週間以上外で飲んでいない。うどんと雑炊の日々。ほとんど病人のような生活である。一日の大半は頭がぼーっとしている。三月中旬くらいまで、この調子でどうにかやりくりするしかない。
日曜日、高円寺の古書展二日目。のんびりと本を見る。八冊ほど買って、千五百円。
J・サザーランド編『作家のシルエット 立ち話の英文学誌』(船戸英夫編訳、研究社出版、一九七九年刊)は立ち読みしてよさそうだったので買う。
イギリスの作家のエピソード集といったかんじの本だ。軽い文学読み物は好きなのだが、海外のものは知識不足で、探すのがむずかしい。とにかくたくさん背表紙を見て、手にとるしかない。
ロマン派の詩人、パーシー・ビッシ・シェリーの逸話——。
《シェリーは…いつも本から目を離さなかった。食事の際もテーブルの上に本が開いていた。紅茶もトーストも無視され、無視されないのは本の著者だけだった。マトンやじゃがいもは冷えきっても、本への興味は冷えることがなかった。(中略)ベッドにも本を持ち込み、ローソクが消えるまで読み、眠っている間だけはじっと我慢して、明るくなると暁方からまた読み始めるのだった》(読書気違いの居眠り)
エドワード・フィッツジェラルドが英訳した『ルバイヤート』にまつわるエピソードもおもしろい。
彼は訳した原稿を編集者に送ったが、出版される見込みがなく、一八五九年二月に自費出版した。
《褐色の表紙の小さな四折本で、古本屋のバーナード・クォリッツが二シリング六ペンスで売りに出した。ほとんど買い手がつかなかったので、一シリングに値引きし、ついには、店の外の「どれでも一ペンス」の箱に入れられてしまった。そこでようやく通りがかりの人に数冊買われたのであった》(ぞっき本の出世)
その後、ある有識者の手にわたり、話題になり、あっという間に『ルバイヤート』は一ギニー(二一シリング)まで急騰したそうだ。均一本が定価の十倍以上の値段に……。
ちなみに、このフィッツジェラルド版の『ルバイヤート』は、辻潤が邦訳(完訳ではない)している。
2015/01/18
きちんとした生き方
毎日午後四時くらいに起きている。そろそろ生活リズム(朝寝昼起)を戻したい。
昨日は阿佐ケ谷まで歩いた。食品や雑貨を扱っているお気にいりの店が閉店。久しぶりに航海屋で野菜ラーメンを食う。あと商店街をぶらぶらして調味料やお茶を買う。
夜中、録画していた「夜ノヤッターマン」を観る。
ヤッターマン側ではなく、敵役の側から描いた作品。正義(ヤッターマン)が、強大かつ豊かな帝国を築き、かつて彼らに逆らったドロンジョの末裔たちは国境の外で貧困に苦しんでいる。
想像以上にシリアスな展開……。
睡眠時間がズレる原因は「寒い→外出しない→疲れない→酒を飲みすぎる」のパターンが多い。
健康に関する知識は増えているのだが、実践がともなっていない。生活が改善しない理由は、だらだら生きていけるものなら、そうしたいとおもっているからだ。
不規則な生活を送っていると、一日二十時間くらいしかないような気がしてくる。
規則正しく、約束を守り、人あたりよく生きていくほうがいいことはわかっている。逆にいえば、突出した才能か食うに困らないお金がないかぎり、好き勝手に、自由に生きることはむずかしいこともわかっている。
自分でも、まだこんなことをうだうだ考えているのかとおもうこともある。四十五歳だろ、と。自分の父親がそのくらいの年齢のときには、わたしは高校生だった。
まさかこんなにぐだぐだしたまま大人になるとはおもわなかったし、それでもなんとかなってきたことには関しては(多少の)自負もある。誰もかれもがきちんとした生き方ができるわけではない。きちんとしなければ生きていけない世の中に抗いたい——とあまり声には出さないが、ずっとおもい続けてきたわけだ。
心身が弱ってくると、自分の考え方がまちがっているとおもえてくる。たぶん正しくはない。
若いころは許されても、中年になると許容されないということはいくらでもある。
自分ではわるくないとおもっていても謝らないといけないケースもある。そこで突っ張ると、自分以外の人間が食うに困る事態に陥るとか……。
夢の中で、何時間も遅刻してきたにもかかわらず、まったく悪びれたそぶりを見せない若者に説教していた。遅刻してきた若者はかつてのわたしであり、説教しているのは今のわたしだ。
目が覚めて、複雑な気分になる。
昨日は阿佐ケ谷まで歩いた。食品や雑貨を扱っているお気にいりの店が閉店。久しぶりに航海屋で野菜ラーメンを食う。あと商店街をぶらぶらして調味料やお茶を買う。
夜中、録画していた「夜ノヤッターマン」を観る。
ヤッターマン側ではなく、敵役の側から描いた作品。正義(ヤッターマン)が、強大かつ豊かな帝国を築き、かつて彼らに逆らったドロンジョの末裔たちは国境の外で貧困に苦しんでいる。
想像以上にシリアスな展開……。
睡眠時間がズレる原因は「寒い→外出しない→疲れない→酒を飲みすぎる」のパターンが多い。
健康に関する知識は増えているのだが、実践がともなっていない。生活が改善しない理由は、だらだら生きていけるものなら、そうしたいとおもっているからだ。
不規則な生活を送っていると、一日二十時間くらいしかないような気がしてくる。
規則正しく、約束を守り、人あたりよく生きていくほうがいいことはわかっている。逆にいえば、突出した才能か食うに困らないお金がないかぎり、好き勝手に、自由に生きることはむずかしいこともわかっている。
自分でも、まだこんなことをうだうだ考えているのかとおもうこともある。四十五歳だろ、と。自分の父親がそのくらいの年齢のときには、わたしは高校生だった。
まさかこんなにぐだぐだしたまま大人になるとはおもわなかったし、それでもなんとかなってきたことには関しては(多少の)自負もある。誰もかれもがきちんとした生き方ができるわけではない。きちんとしなければ生きていけない世の中に抗いたい——とあまり声には出さないが、ずっとおもい続けてきたわけだ。
心身が弱ってくると、自分の考え方がまちがっているとおもえてくる。たぶん正しくはない。
若いころは許されても、中年になると許容されないということはいくらでもある。
自分ではわるくないとおもっていても謝らないといけないケースもある。そこで突っ張ると、自分以外の人間が食うに困る事態に陥るとか……。
夢の中で、何時間も遅刻してきたにもかかわらず、まったく悪びれたそぶりを見せない若者に説教していた。遅刻してきた若者はかつてのわたしであり、説教しているのは今のわたしだ。
目が覚めて、複雑な気分になる。
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