五月三日(水・祝)、京都の徳正寺にて岡崎武志さんの
トーク&ライブ「風来坊 ふたたび」を開催します。
会場で一箱古本市もあります。
わたしが岡崎さんとはじめて会ったのは高円寺の「テル」という小さな飲み屋でした。そのころ、岡崎さんは三十代後半、わたしは二十代半ば。
最初は何をしている人かわからなかった。平日の昼間に中央線の古本屋でしょっちゅう会う。飲み屋では昔の映画の話をよくしていた。三十歳すぎて大阪から上京し、それからフリーライターになったという話を聞いて、勇気づけられたことを憶えている。
かれこれ二十年以上の付き合いになります。「sumus」に誘ってくれたのも岡崎さんです。
詩集『風来坊ふたたび』を読む。詩の中の岡崎さんは、いつもと別の顔をしているようにおもえる。でも読んでいるうちに、詩の中の岡崎さんのほうが素顔なのかなという気がしてくる。そのあたりの話も当日聞けたらとおもっている。
岡崎武志還暦記念トーク&ライブ「風来坊 ふたたび」
いいじゃないか
笑うなよ 木よ風よ石よ
そして友よ
日時:5月3日(水・祝)
15:00開場 16:00開演(18:00終演)
場所:徳正寺
〒600-8051 京都府京都市下京区富小路通り四条下る徳正寺町39
出演:岡崎武志(60) 山本善行(60) 林哲夫(61) 扉野良人(45) 荻原魚雷(47)
特別ゲスト:世田谷ピンポンズ
入場料:2,000円(おみやげ付き)
定員:70名(予約の方優先)
ご予約はメリーゴーランド京都まで
mgr-kyoto@globe.ocn.ne.jp
*会場では同人の新刊・旧刊著書もとりそろえます。
詳しくは「ぶろぐ・とふん」にて
http://d.hatena.ne.jp/tobiranorabbit/20170503
2017/04/28
応援歌について
ラジオでプロ野球を聴いていると、知らず知らずのうちに、選手の応援歌をおぼえてしまう。
ゲームやアニメの曲が元になっている応援歌も多い。わたしはヤクルトの雄平選手のファンで、その応援歌(我らの想い背に受け〜)も好きなのだが、最近、原曲が「桃太郎電鉄」の「サイコロ行進曲」(桃太郎電鉄15)ということを知った。「桃鉄」のBGM、作曲はサザンオールスターズのベーシストの関口和之だったんですね。かなり有名な話らしい。初耳だった。
選手の応援歌文化は、日本だけでなく、韓国や台湾のプロ野球にも根づいている。昔から「応援歌(鳴り物)不要論」を唱えている人がいるけど、球場で観戦しているとき、チャンステーマ(チャンテ)が流れると気分が高揚する。そういうからだになってしまった。
ヤクルトの選手の応援歌では山田哲人選手の曲(夢へと続く道〜)が有名で今年の春の選抜でもよく流れていた。
あと荒木貴裕選手の応援歌(君の熱い思いと〜)は「名曲」として野球ファンのあいだでも評価が高い。わたしはミレッジの曲も好きだった。
応援歌のメロディは心身に何かしらのプラスの働きを及ぼす効果があるのだろうか。
試しに、インターネットで応援歌集みたいなものを視聴しながら仕事をしたら、いつもよりちょっとだけ捗った気がする。
ゲームやアニメの曲が元になっている応援歌も多い。わたしはヤクルトの雄平選手のファンで、その応援歌(我らの想い背に受け〜)も好きなのだが、最近、原曲が「桃太郎電鉄」の「サイコロ行進曲」(桃太郎電鉄15)ということを知った。「桃鉄」のBGM、作曲はサザンオールスターズのベーシストの関口和之だったんですね。かなり有名な話らしい。初耳だった。
選手の応援歌文化は、日本だけでなく、韓国や台湾のプロ野球にも根づいている。昔から「応援歌(鳴り物)不要論」を唱えている人がいるけど、球場で観戦しているとき、チャンステーマ(チャンテ)が流れると気分が高揚する。そういうからだになってしまった。
ヤクルトの選手の応援歌では山田哲人選手の曲(夢へと続く道〜)が有名で今年の春の選抜でもよく流れていた。
あと荒木貴裕選手の応援歌(君の熱い思いと〜)は「名曲」として野球ファンのあいだでも評価が高い。わたしはミレッジの曲も好きだった。
応援歌のメロディは心身に何かしらのプラスの働きを及ぼす効果があるのだろうか。
試しに、インターネットで応援歌集みたいなものを視聴しながら仕事をしたら、いつもよりちょっとだけ捗った気がする。
2017/04/24
一段落したので
ゴールデンウィーク進行を無事クリアした。
期日を守り、きっちりできることをやる。地味だけど、その積み重ねが、ささやかな生活の維持につながる。
一枚の絵をある人は一筆書きのようにさらっと描く。ある人は何ヵ月もアトリエにこもって描く。
どちらがいい絵になるか。それはわからない。絵の価値は、作業時間に比例しない。
文章も苦労して書いたからといってよくなるとは限らない。
そのときどきの調子もふくめて、出来不出来を左右する要素はいろいろある。
いつだって時間が足りない。予算も足りない。足りない中で何をどうするか。そこが零細自由業者の腕の見せどころ――といいたいけれども、何をやるにしても、自分自身の容量不足を痛感する。
何の制約もなく、心のおもむくまで、やりたいことができるならそうしたい。でも、そうなったら、ひたすらだらだらしてしまう気もする。適度なストレスは、何かしたい、今の状況を変えたいとおもうきっかけになることが多い。その加減がむずかしい。
一晩中、自問自答していたことを友人に喋る。なかなかまとまらなかった考えが伝わる。嬉しくなる。それで「もういいや」と気がすんでしまい、その先を考えなくなる。二十代のころ、そんなことがよくあった。
今、ある本(ノンフィクション系の邦訳書)を時間をかけて読んでいる。テーマは昔からわたしも興味を持っていたことなのだが、そのことを「研究」しようとはおもわなかった。……やっぱり、考えているだけではダメなのだな。読み終えるまで書名は伏せておく(とくに理由はないのだが)。
期日を守り、きっちりできることをやる。地味だけど、その積み重ねが、ささやかな生活の維持につながる。
一枚の絵をある人は一筆書きのようにさらっと描く。ある人は何ヵ月もアトリエにこもって描く。
どちらがいい絵になるか。それはわからない。絵の価値は、作業時間に比例しない。
文章も苦労して書いたからといってよくなるとは限らない。
そのときどきの調子もふくめて、出来不出来を左右する要素はいろいろある。
いつだって時間が足りない。予算も足りない。足りない中で何をどうするか。そこが零細自由業者の腕の見せどころ――といいたいけれども、何をやるにしても、自分自身の容量不足を痛感する。
何の制約もなく、心のおもむくまで、やりたいことができるならそうしたい。でも、そうなったら、ひたすらだらだらしてしまう気もする。適度なストレスは、何かしたい、今の状況を変えたいとおもうきっかけになることが多い。その加減がむずかしい。
一晩中、自問自答していたことを友人に喋る。なかなかまとまらなかった考えが伝わる。嬉しくなる。それで「もういいや」と気がすんでしまい、その先を考えなくなる。二十代のころ、そんなことがよくあった。
今、ある本(ノンフィクション系の邦訳書)を時間をかけて読んでいる。テーマは昔からわたしも興味を持っていたことなのだが、そのことを「研究」しようとはおもわなかった。……やっぱり、考えているだけではダメなのだな。読み終えるまで書名は伏せておく(とくに理由はないのだが)。
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