ノーマン・マクリーン著『マクリーンの川』(渡辺利雄訳、集英社文庫)が届く。この作品には『マクリーンの森』という続編もあり、同じく集英社から単行本が出ている。
深夜一時すぎに読みはじめて読み終えたのは午前四時半。途中、本にひきこまれすぎて、何度か頭がくらくらした。ノーマンと三歳年下の弟のポールと牧師の父——宗教と釣りで結ばれた親子、そして兄弟の物語は静かにはじまる。兄のノーマンは真面目で善良、弟のポールはフライフィッシングに関しては名人級の腕前だが、私生活は酒やギャンブルに溺れ、喧嘩に明け暮れている。
ノーマンは弟を助けたいとおもうが、どうしたらいいのか、そもそも弟は自分に助けてほしいとおもっているのかもわからない。兄の遠回しの申し出を弟は拒み続ける。
自分にできることは限られていて、限られていることは必要とされない。
この小説の主題を何かひとつに絞りこむのはむずかしい。「家族愛と兄弟の絆の物語」と紹介されている作品だが、家族愛や兄弟の絆をもってしても、どうにもならない現実を描いた作品ともいえる。
フライフィッシングに関する描写を読んでいると、技術の繊細さと緻密さ、さらに魚や昆虫の生態、山や川(水)にたいする知識や洞察の深さに圧倒される。兄はたくさんのフライ(毛鉤)の入ったフライボックスを持ち込み、釣り場を飛んでいる羽虫に一致するものを使い分ける。弟は大きさのちがう数種類のフライしか持っていないが、それを幼虫から羽化まで、あらゆる昆虫の生態を真似て操ることができる。釣りの仕方も、兄と弟はまったくちがう。ただし、どちらも頑固者だ。
ノーマンは釣りを通して、弟を理解しようとする。
フライフィッングをもっと深く知れば、さらにこの小説のすごさがわかるようになるのかもしれない。『マクリーンの川』の釣りの場面で「あることをまず最初に考えないかぎり、そのものが眼に見えてくることはない」という文章があった。そのあたりは釣りも読書も共通しているとおもう。興味がなければ、どんなにおもしろい本が書店に並んでいても見すごしてしまう。しかも、わたしは映画化されていたことさえ知らなかった。
『フライの雑誌』の堀内さんに、この作品について問い合わせてみたところ、日本の四十代以上のフライフィッシャーの間では、映画「リバー・ランズ・スルー・イット」は「めちゃくちゃ有名」とのこと。映画を観たことがきっかけでフライフィッシングをはじめた人も少なくないらしい。略して「リバラン」と呼ばれているとも……。また『フライの雑誌』で「Through It」の「It」が何をさすのかみたいな記事が掲載されたこともある……といったことも教えてくれた。
訳者のあとがきによれば、一九八〇年代のアメリカの大学の若手研究者に、最近、印象に残った小説を聞くと「リバー・ランズ・スルー・イット」という答えがいちばん多かったそうだ。
著者のノーマン・マクリーンは七十歳でシカゴ大学の教職を引退し、それからこの小説を書きはじめ、七十四歳で完成させた。
読後の興奮がしばらく続きそうなので、映画はもうすこし時間をおいてから観るつもりだ。